目を閉じたら、別れてください。
「ひええー、センパイ、最低じゃないっすか!」

だって鏡が割れてちょっと切っただけだしもう触らないと分からないと思う。
「……って嘘ついたの」
「?」
「この傷のせいで妊娠できなくなったから、もう女として生きて行かない、仕事一筋で生きたいって……嘘ついたの」

いざ一年前の罪を懺悔すると背中に冷や汗がどっと噴き出てきた。

「……それは、ちょっと、私も引く」
「だって話し合っても別れてくれなかったんだよ。仕方なかった。もうどうしても彼とエッチしたくなかったんだもん!」

エッチ、と言った瞬間、狭い焼き鳥屋の中のおじさんおばさんの視線が集中してきた。

「だって私、全然平凡な身体だし! 向こうはイケメンで、え?モデル? え。ダビデ像? 絵画から飛び出したナポレオンって感じじゃん。なのに私は胸もないし」
「オーナー、この人、酔ってるので水くださーい」
「殴られる覚悟はある。最低な嘘だった。殴ってもらって構わない。……なのに、どうしてあんな優しくしてくるのか分からない」
 叔父さんが、おじいちゃんたちと行った海の写真を彼に見せたのだろう。
そして鏡の傷はあのほぼ消えている小さな部分だと、彼を励ましたのだろう。
それで聡いかれは全て気づいて――私に精神的慰謝料を要求すればそれでよかったのに。


「別れたくないほど先輩が好きだったってことですよね?」

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