Shine Episode Ⅰ
研究所に着くと、玄関に栗山が待っていた。
軽く挨拶を交わし、「こちらへどうぞ」 と案内する栗山は、すっと水穂を引き寄せて歩き出した。
寄り添っているのか、籐矢から水穂を引き離そうとしているのか、栗山の必死な様子が見えて籐矢の悪い虫が動き出した。
「昨日は楽しかったよ」 と恋人らしい栗山の甘い声が聞こえて、恥ずかしそうに 「ありがとうございました」 と、ごくごく小声で栗山に礼を言って席に座ろうとする水穂を、籐矢がからかった。
「おい、食事に誘ってもらった礼を言うときは、もっと大きな声で言え」
「ちょっと神崎さん、やめてください」
水穂のもじもじした様子に、同席した所員たちも気がついた。
「香坂さん、栗山君と付き合ってるの? へぇ、そうなんだ」
面白そうに二人を見る。
そんな中、栗山だけは嬉しそうな顔をしていた。
「みなさん、彼女をあんまり苛めないでくださいよ。やっとOKをもらったんですから」
水穂はその声に、ますます居心地の悪さを感じたが、咳払いをひとつして籐矢に質問した。
「ここへ来た目的をまだ聞いてませんけど、そろそろ教えてくださいね」
もう開き直ったかと感心していると、籐矢の代わりに栗山が答えた。
「昨日話した部品だけど これなんだ 神崎さんの協力をもらおうと思ってきてもらったんだ」
テーブルに置かれた金属製のナットを指差した。
「軍事機器の一部らしい」
見たこともない形状だった。
「これがどうして軍事機器の部品だってわかるんですか?」
さっきの落ち着かない様子は消え、水穂の目は部品への興味に注がれている。
はつらつとしてきた水穂を籐矢が頼もしそうに見ているのを、栗山は見逃さなかった。
それには気づかない振りをして説明に入る。
「こういった特殊な部品の場合 作ることの出来る国や場所が特定できるんだ」
「見ただけでわかるんですか?」
「うーん、すべてわかるわけじゃないけど、それを判定するのが僕等の仕事だからね。例えば……」
そういうと、栗山はそばにあった清涼飲料水の缶を手にした。
「この缶だけど、外は日本製、蓋は……これも日本製だな。だけどプルトップは外国製、おそらくアメリカ製だろう」
「どこにも製造元なんて書いてありませんけど」
栗山から受け取って缶を丹念に見る。
「本体には目に付かないところにロゴがあるからわかるんだ。よく見るとわかるよ。
他は造りにそれぞれ特徴があってね、国それぞれの技術が違う。
だから、どことどこの国のメーカーが取引があって、どんな繋がりがあるのか、この缶一個から見えてくる」
そういうと、缶の底近くにある極小さな文字を示した。
「わぁ、ホント」
「わかるのはそれだけじゃないよ。缶の底の数字で製造日時までわかるんだよ。
10進法じゃないから、特殊な計算方法がいるけどね」
水穂の顔は栗原へ尊敬の眼差しを向けていた。
「おい栗山、うんちくはいい。俺に頼みってなんだ」
とたんに水穂が神崎を睨み付けた。
「神崎さん、どうしてそんな言い方しか出来ないんですか」
「悪かったな、俺はこんなヤツなんだよ」
栗山が苦笑いしながら二人をなだめるように 「すみません。つい、彼女にいいところを見せようと思って、ははっ」
と、頭をかきながら言い訳していたが、真顔が籐矢に向けられた。
「この部品、神崎さんのお父さんの会社で調べてもらえませんか。
国内の製造元が特定できずに困ってまして……」
しばらく沈黙の後……「わかった」 との籐矢の短い返事に、栗山の依頼はあっけなく受け入れられた。