Shine Episode Ⅰ
水穂の胸の形がどうこうと女たちが言うのは許せるが、三原医師まで加わるとはなんてことだと、籐矢はぼそぼそとつぶやきながら診察の終わりを待っていた。
しばらくしてドアが開き、三原医師が出てきた。
「アナタを追い出してしまいましたね。それにしても、みなさん美しい方ばかりだ」
追い出してしまってすみませんと言いつつ、三原がのんびりとつぶやく。
「みなさん婦警さんですか。警視庁は美人ぞろいなんですね。お友達のお二人の足がまた綺麗だ」
「あの二人、結婚してますよ」
「おや、それは残念。でも、香坂さんは確か独身ですね」
籐矢の顔色をうかがいながらも、三原はすました顔をしている。
「では、彼女をお大事に」、と意味ありげなことを言い立ち去る三原を籐矢は見送った。
これまで飄々とした三原に好感を持っていたが、今日は籐矢を刺激するようなことばかりを言う。
栗山も三原も、なぜ籐矢を煽るようなことを口にするのだろうかと、憮然とした顔をしながら再び病室のドアを開けた。
水穂にもう一度犯人の顔を思い出して欲しいと言う篠原は、スケッチブックを手にしていた。
篠原課長は似顔絵を書くという特技を持っている。
これまでも、幾度となく頼まれて犯人の顔を書いており、そのどれもが完成度の高いもので、逮捕に至った犯人に至極似ていると定評のあるものだった。
「このまえ聞いた特徴を描いてみたんだけど、これでどう? 違和感があったら書き直すから、遠慮なく言ってね」
「佐和子さん、すごーい。こんなカンジでした。時間がたっちゃったから、私の記憶も怪しいんですけど……
目がもう少し柔らいかな。でも、笑ってる犯人なんていませんよね」
「うぅん、そんなことないわ。パッと見た印象って結構正しいのよ。目を修正するから、ちょっと待って……」
携帯用の画材を手に、さっと手直しをしていく篠原の手元をみなが見つめる。
「うん、そうです、こんな目でした」
「良かった。じゃぁ、これ……神崎君、お願いね」
「はい、責任をもって届けます」
篠原に真面目な顔で応じる籐矢を、水穂はからかった。
「しっかり届けてくださいね。落としたら、神崎さんに書き直してもらいますよ」
「おう、油絵で描きなおしてやる」
「はぁ? 捜査に使うのに、油絵の似顔絵とか、バカじゃないですか?」
「おまえ、いまバカって言ったな。俺には言うなって言いながら、自分は使うのか」
「えっ? 私、バカなんて言いました? 記憶にないなぁ、神崎さんをバカなんて言ったかな」
「二度も三度も言うな!」
「はい、はい、はい、犬も食わないケンカはしないの」
篠原に犬も食わないケンカと言われて、水穂は顔が真っ赤になった。
夫婦じゃありません……と胸の内でつぶやきながら目の前の男を見た。
籐矢は涼しい顔である。
動じない様子がまたしゃくにさわる。
赤らんだ顔を隠す用に咳ばらいをして、水穂は篠原に向き直った。
「佐和子さん、ウチの母って現役時代にケガしたことがありましたか?
母が言うには、私と同じ傷を経験したって言うんですけど……」
篠原が現役時代の母の事故を知っているかもしれないと思い、母親が漏らした言葉の真意を聞いてみた。
「えぇ、そうよ。あら? 水穂ちゃん、知らなかったの? まぁ、曜子ったら言ってなかったのね」
「同じ傷って、水穂のお母さんも拳銃で撃たれたことあるんですか?」
ジュンとユリも同様に驚いている。
「昔、曜子と一緒に、駐車違反の取り締まりをしていたときだったわ。
街中で発砲事件があってね、捜査員の制止を振り切って逃走したの。
逃走途中で制服の警官を見て動揺したんでしょう。居合わせた曜子に向かって発砲したの」
「母は事件に巻き込まれたんですか」
「そういうことになるわね。そのとき犯人を追いかけていたのが、香坂さんだったのよ」
「なるほどねぇ~。ふふん、水穂のご両親って、そんなロマンスがあったんだ。誰かさんに似てる」
ユリが意味ありげに籐矢を見る。
ジュンも水穂の方を向き 「親子二代で同じかもねぇ」 などと楽しそうだ。
「何よ、親子二代ってどういうことよ。拳銃で撃たれたのがそんなに嬉しいの?」
「バカねぇ。そっちじゃなくて、恋の行方が同じかなぁ~と思っただけ。
先が楽しみになってきた。課長、そう思いませんか」
篠原は笑うだけで返事をしなかったが、籐矢を見てニヤリと笑った。
見られた籐矢は苦笑いしながらも否定しない。
そんな中、水穂だけが不満そうな顔をしている。
「ウチの親が事件がきっかけで結婚したっていうの? そんなのありえないわ。
だって母がケガしたのだって、父の責任じゃないじゃない。変なこと言わないでよ」
「水穂、だ・か・ら、アナタは鈍いって言うのよ。男と女ってのが、まるっきりわかってない。
もっと勉強しなさい」
ジュンやユリに散々言われ、水穂はますますむくれ顔で、その顔がいつもの水穂らしく見えて、籐矢は元気になった部下に目を細めた。