Shine Episode Ⅰ
退院の日も顔を見せた籐矢は、水穂の病室で男の子に出会った。
入院中に仲良くなったという男の子は、水穂に良くなついていた。
「みずほさん、もう病院にはこないの?」
「いいえ、またくるね。私の怪我はまだちゃんと治っていないの。治るまで先生に診てもらうのよ」
「治ってないの? じゃあさぁ、治るまで病院にいたらいいのに」
「大きな怪我や大変な病気の人のために、ベッドを開けなくちゃいけないんだって。
だから病気が軽くなった人は退院するのよ」
「……ボクにも会いにきてくれる?」
「タケル君にも会いにくるね」
「ホント?」
「ホントだよ」
幼稚園の園服を着ている男の子は、水穂の返事を聞くと飛び上がって喜んだ。
別れを惜しむ沈んだ顔から子どもらしい無邪気な顔になり、そばで会話を聞いていた籐矢も顔がほころんだ。
タケルの目線にあわせて腰をかがめて問いかけた。
「タケル君はどうして病院に? 誰かの見舞いかな」
「うん、そうだよ」
「お母さんが入院しているんですって、毎日お母さんに会いにくるんだよねっ」
「うん! だから、みずほさんと仲良くなったの。おじさんは?」
「おじさんって……」
言われたことのない呼びかけに、籐矢の顔は大人気なく歪んだが、幼い子の言ったことに腹を立ててはそれこそ大人気ないと思い、引きつった笑顔で言葉を返した。
「おにいさんは、このおねえさんの仕事の仲間だ」
「へぇ、おじさん、みずほさんのドウリョウなんだ」
籐矢が 「おにいさん」 と言ったのに、わざわざ 「おじさん」 と言い返し、「仕事の仲間」 だと噛み砕いて言ったのに、タケルは 「ドウリョウ」 と返してきた。
クソ生意気なガキ……と、頭で怒鳴りながら、籐矢はそれでも大人の対応をと心がけたつもりだった
が……
「ドウリョウなんて言葉知ってるのか。すごいじゃないか」
「そお? たいしたことないよ。おじさんはドウリョウなんだね。みずほさんを好きなの?」
「はぁ? いや、あはは……」
「ボクはみずほさんが好きだよ。毎日いっぱいお話して、ずっと一緒だったんだ」
「ふぅん、そうか。これからは、俺がこのおねえさんと仕事でずっと一緒だ。
それだけじゃない、身辺警護もあるから、一日中一緒だ。羨ましいだろう」
「えーっ、ズルイ!」
「フッ、悪いな」
鼻で笑った籐矢を見上げるタケルは、目を潤ませて今にも泣き出しそうで、水穂は子ども相手にムキになっている籐矢を睨みつけた。
「ちょっと、神崎さんやめてください。もぉー、大人げないんだからぁ。
タケル君、ごめんね。このおじさん、ちょっと言い過ぎたみたい」
「おまえまでおじさんって……待て、おい、それはないだろう!」
筋違いな文句を言う籐矢を無視して、水穂はタケルの前に跪き抱きかかえた。
「タケル君、通院ってわかるかな」
「わかるよ。病院に通うことでしょう?」
「そうよ。私は、三原先生が ”治りました、もう来なくていいですよ” って言うまで通院するの。
だから、ここにきたらタケル君と、いーっぱいお話して、ずーっと一緒にいようね」
「わかった。じゃぁ……みずほさんに ”もういいですよ” って言わないでって、お父さんにたのむね。
そしたら ずっとボクと会えるでしょう?」
「わぁ~、なんてカワイイコト言ってくれるの。タケル君、大好き!」
「ボクも大好き」
病室で抱擁する二人を見ながら、籐矢は置いてけぼりを食った気分になっていた。
お父さんって誰だよ! とむしゃくしゃする頭で考えてハッと気がついた。
「おまえの名前は三原タケルか!」
「そうだけど、だからなに? お父さんは、みずほさんのタントウイだよ」
タントウイなどと、幼稚園児らしからぬ言葉を発する子の顔と、三原医師の飄々とした顔が重なった。
アイツ妻子持ちだったのか!
ふつふつと怒りがこみ上げ、籐矢は拳を握りしめた。
さも独身のように振る舞い、水穂に気があるような素振りを見せて籐矢を刺激した三原に、まんまと担がれたと気がついた。
水穂と抱き合いながら、勝ち誇った目で籐矢を見上げるタケルは、まさに三原医師のミニチュアだった。