Shine Episode Ⅰ
水穂が退院する際、病院の玄関には担当医の三原医師も見送りに来て、その横には籐矢をにらみつけるようにタケルが立っていた。
大の大人と幼稚園児が火花を散らすのを見ながら、水穂は呆れたようにため息をひとつついた。
「お世話になりました」 と三原医師に丁寧に頭を下げて、眉間にしわを寄せ仁王立ちの籐矢を促して駐車場へと向かった。
「説教ならするな。アイツが生意気なんだ、クソガキっ」
「はぁ……タケル君のママ、流産の危険があるんですって、もう二ヶ月も入院してるそうですよ。
タケル君、ママのそばにいたいのに、我慢してるんです。本当は寂しいでしょうね」
「そんなの知るか……けど、悪かったよ……」
「で、さっきの話ですけど、身辺警護って何ですか?」
「うん、それが……」
犯人の顔を目撃したことで危険にさらされる恐れがあるため、水穂の身辺警護が強化され、籐矢がその任を引き受けた。
出勤から帰宅まで籐矢が付き添うことになったと告げると、水穂は 「わかりました」 と素直に承諾した。
「やけに素直だな」
「だって、いやだと言っても、もう決まったことでしょう? 私に反論の余地はありませんから」
「うん……窮屈だろうが、相手の動きが落ち着くまでの辛抱だ。外出先を制限したりはしない。
行きたいところがあれば言ってくれ、どこにでも付き合うつもりだ」
「そんなこと言っていいんですか? 女は外出が好きですよ」
「おまえを家に閉じ込めておくつもりはないから安心しろ。
おまえのことだ、言ったところでじっとしてないだろう。どこまでも付き合う、俺に遠慮はいらん」
「ありがとうございます」
行動を制限すれば警護も楽なはずなのに、籐矢の優しさはこんなところにあるのだと、水穂は胸が熱くなった。
駐車場までの短い距離を水穂を庇うように歩く姿に、守られる安心感があった。
籐矢は仕事中はもとより、水穂の行く先にはどこまでも寄り添った。
朝は香坂家の玄関まで迎えに行き、帰りは水穂の母親に引き渡す徹底振りで、誰の接触も許さないといった警護は退院後二週間にも及んでいた。
病院へももちろん籐矢が付き添い、タケルとにらみ合うのも日常的な光景になっていた。
「私の警護っていつまで続くんですか? もう大丈夫だと思いますけど」
「おまえが見た顔が、奴らmp下っ端なら良かったんだが、不幸にも大物でなぁ。
もうしばらくの辛抱だ。それとも何か、俺の警護では不満か?」
「そんなことはありませんけど……買い物が自由に出来ないので困ります。
だって神崎さん、ランジェリーショップにまでついて来るんだから、信じられない」
「またパンツを買うのか? おまえなぁ、パンツばっかり買ってどうするんだよ」
「バカーッ!」
籐矢の腕をバンバン叩く水穂に、部屋の奥から声がかかった。
「今年も漫才を見せてくれるようだな。香坂もそれだけ元気があれば、犯人も逃げ出すんじゃないか?」
東郷室長にからかわれて、水穂の頬が一層膨らむ。
「神崎君、ちょっと……」
室長に呼ばれた籐矢は難しい顔をして話し込んでいたが、水穂の元に戻るとこんなことを言い出した。
「明日はほかのヤツに警護を代わってもらう」
「私の警護はおしまいですか。お守りに疲れたとか?」
「パンツを買う付き添いは栗山にでも頼め」
「はぁ?」
からかいながら返事をしているが顔は真顔で、籐矢らしくない。
なにかありましたか……と聞くに聞けず、水穂は言われたように明日の圭吾は栗山に頼むことにした。