Shine Episode Ⅰ

15. 過去との遭遇、そして……



その日の午後、籐矢はある大学の一室にいた。

水穂が目撃した犯人が、ここの芸術学部の卒業生に似ているとの情報があり足を運んだのだった。

芸術学部音楽科棟の小松崎准教授の部屋は、レッスン室も兼ねており完全防音が施されている。

無音の部屋で苦手な相手と向き合う気まずさは言葉に尽くしがたい。

久しぶりに会った師へ、籐矢はかしこまった挨拶をしたあと身分証を示した。

籐矢は学生の頃、小松崎にピアノの指導を受けていた。



「警察が私に何の用だ」



面会の相手が警視庁に勤務していると聞いて喜ぶ人間はいないだろうが、かつての教え子が尋ねてきたのだから、せめて懐かしむ振りくらいしてもいいだろうにと、籐矢はすねた気分になっていた。

迷惑そうな顔の前に、似顔絵から作成された画像を差し出した。



「先生、この顔に心当たりはありませんか」


「私の教え子に犯罪を犯すような者はいない」



画像を一瞥した小松崎准教授は、視線をはずすと憮然とした顔をして目をつぶった。

教え子を犯人扱いされ気分を害したか、心当たりがあるのに知らぬ振りをしたのか、籐矢は恩師の表情を読み取ろうと懸命だった。



「先生、ご協力いただけませんか」


「協力も何も、私の教え子が疑われるとは不愉快だね」


「お気持ちはわかりますが、もしも……」



もしもと聞いて、つぶった目を開いた小松原准教授が籐矢を見据える。



「もしもはない。そんな男は見たこともない」


「そうですか。ご協力ありがとうございました」



にべもなく言い放たれた言葉を前に、籐矢は引き下がるしかなかった。

頭を下げると、頭上から声がした。



「私の身辺をかぎ回るのはやめてくれないか」


「かぎ回るなど、そのようなことはしていません」


「しているじゃないか! 昨日は警察庁、今日は警視庁、なんなんだ君たちは。

変な噂がたったら困るんだよ。それともなんだね、君も京極君も、私の指導を受けられなくなった腹いせか?」


「京極というと……虎太郎ですか」


「あぁ、そうだ。京極琥太郎が昨日きた」



忌々しいといった顔で、昨日の京極虎太郎の訪問を話す小松崎に、これ以上の話を聞くのは無理だろうと判断した籐矢は、言葉少なに部屋をあとにした。

なんの収穫もなく、重い足取りで廊下を歩いていると声をかけてきた人物がいた。



「失礼ですが、京極君の職場の方ですか?」


「いえ、そうではありませんが、京極虎太郎は知り合いです。あなたは」


「小松崎准教授付きの助手の井坂といいます。昨日、京極君が私を訪ねてきたと聞いたものですから」



籐矢は井坂に事件の協力をお願いしたいと説明した上で、犯人の似顔絵画像を見せた。

虎太郎も、同じ目的で井坂を訪ねたのであろうと思ったためである。



「 ……すみません、私の記憶にはない顔ですね」


「そうですか。ご協力ありがとうございました」


「京極君は共通の友人を介した知り合いです。昨日は連絡をいただいたのに、僕に急用ができて彼に会えませんでした。

小松崎先生が対応してくださったようですが、先生は気難しい方なので……」



申し訳なさそうな顔で 「嫌な思いをされたのではありませんか」 と声を潜めた井坂へ、籐矢は苦笑いした。



「先生の気分を害したようです。教え子に犯罪者などいないと、追い返されました。まぁ、警察と聞いて喜ぶ人はいません」


「私でわかることでしたら、いつでも協力させていただきます」


「助かります」



丁寧に礼を述べ、井坂と別れ出口へと進んだ。

井坂の穏やかな対応に籐矢は気持ちが和らいだ。

収穫がなかったことに変わりはないが、相手の態度でこうも気持ちが違ってくるものなのかと思う。

行きかう学生に喫煙所を聞き、大学構内の奥まった場所にある喫煙ルームへ足を運び、立て続けに二本煙草を吸うと外へ出て、一昨日会ったばかりの従兄弟へ電話をかけた。

京極虎太郎は近衛紫子の弟で、籐矢の従兄弟である。

警察庁に勤務しており、虎太郎の義兄の潤一郎と同じく、今回の事件の捜査にも関わっている。

水穂が目撃した犯人が、ここの大学の卒業生ではないかとの情報をもたらしたのは潤一郎で、その情報が虎太郎にも知らされただろうことは容易に想像がついた。


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