Shine Episode Ⅰ
気分を害された仕返しに嫌味を込めた返事をした。
「ほぉ、栗山なら下着売り場も平気だろう。満足のいく買い物が出来たんじゃないか?
またパンツか、それともブラ……」
「そんなんじゃありません、ちゃんと聞いてください 」
「わかった……」
「買い物のあと、通りに出たら破裂音が聞こえてきて、それも二回。私、パニックになって」
「栗山がそばにいたはずだ、アイツが助けてくれただろう。そのための警護だ。
それくらいできなくてどうする」
「それが……私、わけがわからなくなって、神崎さん助けてって……言っちゃって。
はぁ……今頃この気持ちに気づくなんて……ジュンが言うように、私ってやっぱり鈍いのかなぁ」
「気づくって、何に気づいたんだよ」
水穂の思わぬ告白を聞き、籐矢は言葉の意味を充分理解したにも関わらず、なおも水穂の口から確実なことを聞き出そうと、とぼけた返事をした。
「だから、あぁっ、もぉー! どう言ったらいいのかな。
私が一番頼りにしてるのは、神崎さんだってことです。以上!」
「そうか、いやぁ、やっとわかってくれたか。俺が誠意を尽くしておまえを守ってるのに、いままで気がつかなかったとはね。
もっと頼りにしてくれていいぞ」
「いいぞって、それだけですか?」
「なんだ、ほかに何を期待している。俺はこの事件の解決に必死なんだ。
なにがなんでも犯人を捕まえてみせる。だから安心しろ、おまえのこともしっかり守ってやる」
水穂の哀しげな顔が籐矢を振り仰いだ。
「もういいです、わかりました」 と震える声のあと水穂は急に走り出した。
「待て、どこに行くんだ」
「神崎さんに伝わらないので、私の気持ちは東京湾に捨てます」
「捨てるって、おい、ちょっと待て」
「待ちません、ほっといて」
追いかけてきた籐矢につかまれた腕を振りほどきながら、水穂は泣き顔になっていた。
「もったいない、捨てるな」
「もったいないって……」
「そんなもん捨てるな、不法投棄だぞ!」
「こんなときまで冗談ですか。いい加減にしてください」
「俺がもらう」
「えっ?」
「俺がもらってやる」
「結構です。真剣な気持を簡単に扱う人は嫌いです! 手を離して」
籐矢の手を振り払った水穂は前に踏み出したが、肩をつかまれ後ろから羽交い絞めにされた。
なおも振りほどこうと籐矢の腕の中でもがくが、本気で抱きとめる男の力に敵うはずもない。
「私に恥をかかせないで……神崎さんに大切に想う人がいることくらい知ってます。
その人を忘れられないこともわかってます。だから、もういいんです」
「よくない! おまえ、何をごちゃごちゃ言ってるんだ?
大切な人って、誰のことを誤解してるか知らんが、俺にわかるように言え」
それまで抵抗していた水穂の体が動かなくなった。
うつむき立ち尽くす姿は悲壮感をまとっている。
「テロで大事な人を亡くしたって……だからこの事件のこととなると神崎さん必死で……
私、亡くなった人には勝てません。思い出は、いつまでも綺麗なままでしょう?
うぅん、もっともっと、これから大きくなる。そんなの私には耐えられない」
「あぁ……そのことか……そうだった、今まで話したことなかったな……
水穂に話しておいた方が良さそうだな」
おまえと言われていたのが急に名前を呼ばれて、水穂は籐矢のただならぬ気配を感じ取った。
けれど、そう簡単に素直にはなれない。
「聞きたくありません」
「いいや聞いてもらう。その上で、おまえがどう判断しようと、それはかまわない……手を貸せ」
「手ですか?」
手をひったくるように掴むと、籐矢はジャケットのポケットにそのまま突っ込んだ。
水穂はなおも言い返そうとしたが、手に伝わるぬくもりに頑なになりかけた心がほどける思いがした。
籐矢の低い声が、テロ事件の発端から語る。
水穂が初めて聞く籐矢の過去だった。
目に入る美しい夜景とはかけ離れた生々しい事件の全容は、悲しく辛いものだった。
妹の死を受け入れがたく、家族にも背を向けた籐矢の数年間に、水穂はうなずくことしかできなかった。