亘さんは世渡り上手



「わがままに付き合ってもらって、ありがとうございました」



駅に着けば亘さんは頭を下げてお礼をしてくる。


本当に最後までスピードを合わせてきた。こっちは意地になって、信号が点滅してたら走ってまで渡ったのに付いてくるし。


俺が謝るべきなのに、どうして亘さんがお礼を言うんだ。



「うん。じゃあね」



俺は笑顔ながらも突き放すように定期を取り出して、足早に改札へ向かった。



「はい、また明日」



指を揃えて手を振る亘さん。


……やっぱり俺は、亘さんが俺を好きだとは思えない。何かの間違いじゃないのか。何かの間違いであってほしい。


軽く手を振り返したあと、腹に触れたとき……痛みが治まっているのに気付いた。


……あれ。痛くない。さっきまであんなに痛かったのに。


俺の頭の中には、父さんではなく亘さんが浮かんでいる。



――嘘、だろ。



体温が急に下がって体が震えた。


まさか。そんな。俺は、父さんだけだったのに。亘さんとは、一緒にいただけなのに。


俺の心にするすると入り込んでくる亘さん。


彼女はついに、俺から父さんまで奪うのか。


父さんが一番じゃなくなったら、俺は……どうなるんだ?

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