ストーカーに溺愛されても嬉しくないんですが。


『ごほごほっ、はーい。だれー?』


ケータイから...聞こえてくる声。


べつに覚えたくて覚えたわけじゃないが、嫌でも放課後毎日聞いていたらさすがに覚える。


どうやら、盗人はわたしのケータイでストーカーに電話をかけたようだ。


『もしもしー?どちらさまですかー?ゴホゴホッ』


風邪を引いているのであろうか。


何度も咳をしているストーカー。


知れない番号からかかってきても、出るんだなこの人は。


わたしが電話を切ろうとしたら、盗人はそれを阻止してくる。


『...もしかして.........つゆ?』


ーードキッ

って。


いきなり名前を呼ばれ、心臓が音をたてた気がした。


『...って...つゆなわけないよなぁ...。

つゆに会えたら、こんな熱一発で下がんのに......はあ』


このストーカーは、電話中にも一人言を言うのか。


しかも、わたしのこと。


『っどうせ宏介だろー?

こっちはしんどいんだ!

放課後ポカリ買ってこいよー!』


「......コウスケではないです」


わたしは思わずそう答えていた。



『...え?宏介、つゆの声真似うますぎだろ。心臓跳び跳ねたぞ』


「...」


『その声で“早く迎えに来て先輩っ!”って言ってくんね?ハート付きで』


「...一生、治らなければいいと思いますよ」


ぶちっ


「あー!!切ったー!!」


盗人につっこまれる。


「あの先輩つゆにかなり重症だね~、溺愛じゃん」


麻尋は隣で笑ってる。


溺愛って。


声を大にして言おう。


ストーカーに溺愛されても嬉しくないんですが。



「ってなわけでつゆちゃん!
これ、アイツの家の住所!お見舞いたのむよ!」


盗人はわたしの机にメモを渡してきて、「よろしくねーん!」と教室から風のように去っていった。


グシャッ


「ちょちょちょ!つゆ!!」


「え?なに?」


「なにメモ握りつぶしてんのさ!!」


「え?いらないでしょ?これ。麻尋代わりに捨てておいてくれる?」


「つーゆ!お見舞い行ったげな?」


「嫌」


「行ってあげたらいいじゃん!つゆに会えたら一発で熱下がるらしいよ!?」


「わたしは最強か」


「そーだよ、あの先輩にとってはつゆは最強なんだって!」


「へえ」


「先輩の気持ちになってみなって!」


麻尋はそう言って、わたしがつぶしたメモを広げてわたしのポケットにいれてきた。


だれがストーカーの気持ちになんてなるもんか。



「つゆ、ほんとにお見舞い行かないつもり?」


放課後になって。


教室から去ろうとしたら、麻尋にそうつっこまれた。


「だから行かないって。代わりに麻尋が行く?」


「やだよ」


「でしょ?」


「わたしとつゆとじゃ違うでしょ」


「それに、3日も寝込んだら明日には治るでしょ」


「そうかもだけど」


「ばいばい麻尋」


「うん...じゃあね!」


帰ったら録画していたドラマを観よう。


そんなことを考えながら校舎を後にした。



ストーカーが熱と風邪で寝込んだのは、きっと3日前、雨の中わたしを待っていたからであろう。


でもそれはわたしのせいじゃない。


本人が勝手にしたことだ。


自分の自己管理ができていないのがわるいんだ。


それにわたしは傘だってタオルだって貸してあげた。


それだけでよっぽど親切だろう。


その上お見舞いなんて...そこまでする必要なんてどこにもない。


というか、わたしとあの人は他人とまではいかないかもしれないが、

ただの顔見知りなだけなのだから。


わたしにストーカーしてくる変人だし。


そんなやつのお見舞いになんて絶対行かない。


“つゆに会えないのは土日の2日で限界だ!!3日目に突入したら、俺は干からびてしまう!”


いっそのこと干からびてしまえばいいんじゃないか?

うんうん。


「明日一日雨らしいよ~、今日遊ぶ約束しといてよかったね~!」


正門から出て右に曲がろうとしたら、近くを歩く女の子二人組からそんな会話が聞こえてきた。


明日一日雨なのか。

知らなかった。


「...」

そういえば...わたし、傘ないじゃん。


わたしの傘。

そのありかは、ストーカーの家。


「...」


仕方ない。


「...傘、取りに行くか」


わたしはつぶやいて、麻尋にポケットに入れられたメモを取り出した。


「...めっちゃ遠いし」


わたしの家と正反対の住所にため息が出る。


こんな遠回りして家に帰ってるなんて、あの人はどこまで馬鹿なんだ。


わたしは右に向いていた足を左に向け、そのまま歩き始めた。



「...ここか」


ようやくたどり着いたストーカーが住むマンション。


「303号室...」


3階にエレベーターで移動して、手前から3つ目の扉の前に立つ。


“慶田”

表札に書かれた名字を見てわたしは違和感を覚える。


あの人の名字って慶田って言うんだっけ。


まったく思い出せない。


でも場所は合っているはずだ。


ピンポーン


インターホンを一回鳴らしてみる。


いるはずなのに、反応がない。


ピンポーン


「...?」


ドアノブに手をかけると...

「...開いてるし」


ガチャッ...

「すみませーん」


扉を小さく開けて、顔だけ中に入れてみる。


玄関には、学校用のスニーカーと、

遊ぶときに履くような靴と、サンダルが置いてあった。


一人暮らしなのか...?


「先輩?入りますよ?」


きっと寝ているのであろう。


さすがに扉を開けたまま外出することはないはずた。



「おじゃましますよ...?」


わたしはべつに不法侵入ではないはず。


ストーカーと同じにはなりたくない。


ローファーを脱ぎ、ゆっくりと中に進む。


玄関には傘は置いてなかった。

わたしが貸したのは折り畳み傘だから、たたんでどこかに置いてあるんだろう。


「ッ!?」


次の瞬間、ここ最近で一番びっくりして心臓が跳び跳ねた。


だって、ふと右を向いたら、キッチンらしき空間で、

額に冷えピタを貼ったストーカーが丸々りんご1個片手に倒れているから。


まるで殺人現場のような状態に、一瞬近づくことをためらってしまう。


「先輩、大丈夫ですか...!?」


わたしも一応人間なので、それくらいの言葉はかけてかけよってあげようとは思う。


「ん...」


よかった、意識はあるみたい。


顔が真っ赤...高熱だ。


「立てますか?」


「つ......ゆ......?」


ほんの少しだけ目が開かれた。


「やべぇ...夢の中でもつゆに会えるとか......」


ストーカーはそんなことを言って、あろうことかわたしの腰に腕を回してきた。


ごろごろごろ...とりんごが向こうに転がっていく。



「ちょ!痴漢!」


ストーカーだけでなく痴漢とは、どれほど罪を重ねるのか。


「夢の中くらい優しくして~......」


...完全意識おかしくなってる。


「はいはいわかりました。優しくしますから。とりあえずベッド移動できますか?」


「ベッド......?つゆ、俺そこまで言ってないよ~...」


「はあ?」


「ベッドでイチャイチャとかやばい......」


「...」

痴漢確定。


「やだ、つゆ、行かないで~」


離れようとするわたしを、ぎゅっとして離さない。


「はあ。そんな力があるなら、さっさと立ち上がってください」


さすがにわたしより大きな体を持ち上げることはできないから、自力で立ってもらわないと。



ストーカーがゆっくりと立ち上がったので、わたしは肩を貸してあげた。


ゆっくりとベッドまで移動する。


ちゃんと横になったので、布団をかけてあげた。


「薬は飲みましたか?」


「飲んだ......」


「じゃあ、あとは寝るだけです。寝てください」


「やだ...」


さっきからやだ、やだって......ほんと、子供。


「寝たら、夢から覚める......」


「...」


逆ですよ、逆。

今が現実で、今から夢の中に行くんですよ。



「寝て、汗いっぱいかかないと、熱下がらないですよ」


「うん...」


どっちが年上なんだか。


ストーカーはわたしをじっと見つめてきて。


「つゆ......チューして」

と最上級なおねだりをしてきた。


「はあ...?」


調子乗りすぎです。


「さっき、優しくするって言った...」


「優しくするのとそれとじゃ、意味が違います」


「してくれたら、寝る...」


「そんなにわたしとキスしたいんですか...」


「うん...だって...

.........好きだから...」


「...」


「つゆのこと、好きだから......キス、したい...」


「...。...じゃあ...寝たら、してあげます」


「ほんと...?」


「はい」


「約束...」


「約束です」


「やったあ...」


ストーカーの声はだんだんと小さくなり、やがて寝息へと変わっていった。


...ようやく寝た。


わたしより年上なのに、ほんと小さい子を寝かしつけるみたいだった。


「...まったく...。

意識がちゃんとあるときに...言ってくださいよ」


わたしはストーカーの寝顔を見ながらそんなことをつぶやいた。



...ない。


どこにもない。


「...なんでないの」


なにがないのかというと。


それは、わたしがストーカーに貸したタオルと折りたたみ傘。


それを持ってさっさとこの家をあとにしようとしたのに、いくら探しても見つからない。


わたしの物どこにやったんだこのくそが。

...おっと、はしたない。


探していない箇所、残るはーー

現在ストーカーが寝ている、ベッド。

そこしかない。



いや、いちいちベッドになんて置かないはず。


でも、ほんとに他の場所にはないのだ。


まさか......

抱き抱えて寝てた、とか?


だから今、布団の中にある、とか?


布団をかけてあげたときは下の方に隠れてて、実はあった、とか?


そんな気色悪いこと想像もしたくないが、

このストーカーならあり得る。

そう思えてしまった。


わたしはおそるおそるベッドに近づいた。


先輩はさっきより顔色がよくなりスースー寝息をたてている。



そろーっとふとんに手をかける。


こんなことしたくない。


だって、まるでわたしが痴漢してるみたいじゃないか。


痴漢はこのストーカーのほうなのに。


だがさっさと帰るべく確かめるしかない。


布団下半分をペクリとまくった。


...ない。


次は上半分。


ペクリ。


...ない。


絶望を感じた。


「ぅん...っ?」


上半分めくった布団を直そうとしたら、薄く目を開いた先輩とーー


たしかに目があった。


「ッ!?つつつつゆ!?え!?」


先輩はガバッと起き上がって、自分の目がおかしいのかもというように目をゴシゴシこすった。


わたしはというと無表情&無言のまま静かにベッドから距離をおいた。

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