ストーカーに溺愛されても嬉しくないんですが。


「ななななんでつゆがここに!?」


なんで目、覚ますかな。


永遠に眠っていてほしかったんだけど?


「布団めくって...!!ま、まさか俺の寝込みを襲いに...!?」


「さようなら」


「じ、冗談だって!お見舞い来てくれたんだな!?」


「それもちがいます」


もうタオルと傘は今度でいいや。


明日の雨はなんとかなるだろう。


ストーカーに背中を向けて部屋を出ようとしたそのとき。


バタッ


「いった...」


ベッドから慌てておりようとしたせいで足をもつらしたのか、先輩が豪快に転げた。


今度は“大丈夫ですか?”なんてかけよってあげませんよ。


「失礼します」


見捨てようとした...のに。


「う...腹減って...動けねえ...」


異常なうめき声に、思わず振り返ってしまった。



「つゆ...なんでもいいから...持ってきて...昨日から...なんも食ってねえんだ...」


「...」


馬鹿だなあ、食べてないから治らないんでしょ...。


そういえばキッチンでりんごを持って倒れてたな。


あまりの空腹で立ち上がったけど力尽きたということか。


「......バッグチャームのお返し...」


わたしはそれだけつぶやいて、先輩の部屋をあとにした。


そしてキッチンに行き、冷蔵庫を開けた。


...なんもないんですけど。


これでよくなんでもいいから持ってきてとか言ったな。


ふと隣の棚にレンジでチンするパックご飯が目に入ったので、それを調理することにした。


そして約10分後、自身のストーカーに冷蔵庫にかろうじてあった梅干しを真ん中に乗せたお粥と、転がっていたりんごを切って持っていってやった。



「こ...これは...っ!!」


目の前に出されたお粥とりんごに、ストーカーの目はなんたる財宝を見つけたかのようにキラキラ光った。


ふむ。なかなかの反応だ。悪くない。


「味は保証しませんよ」


それだけ言ってお粥の入ったお椀を手渡ししてあげる。


りんごは近くのテーブルの上にひとまず置いた。


「あ」


そのひと単語を発して、そのまま“あ”の口をして待機してる先輩。


「あ?」

先輩と同じ語を発したはずなのに、わたしのそのあまりに低い声色にストーカーはわざとらしくビクリッとする。


そして大人しく自分で食べるのかと思ったのに、まだ諦めずに“あ”をする一応病人。


「あなた何歳ですか?わたしより年上ですよね?自分で食べられないんですか?手動かないんですか?動きますよね?甘えないでくだ」

「すいませッしたッ!!!!」


さっきのたれていたはずなのに、勢いよく謝罪を入れてお粥を受け取り自分で口へと運ぶ。


「あ~うまい...生き返る...今まで生きてきたなかで一番うまい...生きててよかった...お粥大好物になりそう...いや、つゆが作ってくれたお粥オンリー...つゆの愛情たっぷ」

「黙って食べてください」


ほんとに病人か?この人。



お粥を食べ終わりりんごに手を出しているストーカーに問う。


「あの。わたしのタオルと傘、どこですか?」


わたしはそれを返してもらうためにここに来たのだ。


決してストーカーの看病をしに来たのではない。


「タオルと傘...?っああ!!」


ずっと寝込んでいたから忘れてしまっていたのであろう、思い出したように声をあげた。


「それなら、ここここ!!」


「...?」


タオルと傘。


そのありかは。


「こうしてたら、いい夢見れる気がしてさ!!」


「...」


絶句した。


ストーカーは、わたしが貸してあげた傘とタオルを透明の袋に入れて、自分の枕の下にしいていたのである。


「......」


「おーい、つゆ?」


「......真面目に引いてます」


「え、ちょ、顔がマジじゃん」


「だからそう言ってるじゃないですか。もうその2つあげますよ」


返してもらったところで、なんかストーカーの呪いがついてそうなんだが。



「いやいや、それは悪いって!!返す返す!!今日なんかさ、めっちゃいい夢見たんだって!!...ってこれ言ったら本気で引かれそうだからやめとこっと!!」


りんごを一口かじり、にやりっといたずらっ子みたいに笑うストーカー。


いや、さっきの時点で本気で引いてますけど。


しかもその夢ってまさかわたしがお邪魔したときの出来事じゃあないでしょうねえ。


「...って先輩。梅干し残ってますよ」


平らげたはずのお粥。


お椀の中に一粒転がっている赤いもの。


間違いなく梅干しだ。


「梅干しはー、そうだなー、うん!そうそう!そゆことだ!」


「はい?」


なに勝手に自己完結してるんです?


「まさか...梅干し嫌いなんですか?」


お米には塩もふったけど、ふつう梅干しも一緒に食べるよね?


「ち、ちがうちがう!嫌いじゃなくて、母さんが送ってきただけ!!」


「いや、答えになってませんが」


要するに、“この梅干しならおいしいよ”的なかんじで実家から送られたというわけね。


どうりで梅干しがまったく減ってないと思った。


「高校3年生になってまで好き嫌いするってどうなんです?」


「...う。だ、だって...酸っぱいんだもん」


白状したよこのストーカー。


しかもだもんって。だもんってなんだよだもんって。


「あ」


今度はわたしが先にそのひと単語を発して。


「あっ?」

先輩が“えっ?”と同じイントネーションで続いて。


ぽいっ

ぱくっ


「ッ!?」


ストーカーは目を真ん丸にして口をモゴモゴさせた。


なんてことはない。


スプーンで梅干しをすくって、ぽいっと“あ”の中に放り込むと、ぱくっとキャッチされただけだ。


「つゆが...!!あーんしてくれた...!!さっきしてくれなかったのに...!!」


って、梅干しの感想じゃないんかーい。


「し、しかもすっぱくない!!甘い!!」


きっとはちみつ梅干しだったんだろう。


お母さん、優しい人だなあ。



「...じゃあ、わたしは帰りますよ」


長居しすぎた。


透明の袋に入ったタオルと傘をカバンに入れた。


本気であげようかと思ったが、なにに使われるか不気味なためちゃんと回収することにした。


「家まで送る!!」


「なに言ってるんですか?」


「じ、じゃあ駅まで!!」


「けっこうです」


「マンションの下まで!!」


「ここでいいんで」


「せ、せめて玄関!!」


ストーカーはそう言ってベッドから起き上がり、立ち上がろうとした。


そのときもう粘着力が弱くなってきているのであろう、わたしがこの家に来たときから額に貼ってあった冷えピタの端が少し剥がれた。


「もう冷たくなくなったなー...」


そうつぶやいて、冷えピタを剥がそうとした。


わたしはそんなストーカーに近づいて、その2つの瞳を手のひらでしっかりと覆った。

視界が真っ暗になるように。


「え...ッ!?」


驚きのあまり固まった様子の先輩の額に...冷えピタの上から、そっと...口づけた。


「な、なんかついてた...!?」


視界が広がったときには、慌てたようにハテナマークを浮かべるストーカー。

頬が赤くなっているのは、熱のせいなのか、それとも...。


「...約束は、果たしましたからね」


わたしは最後にそう告げて、この家をあとにしたのだった。



7月に入り、本格的に夏がやってきた。


先月までは、比較的涼しかったのに、最近では放課後になっても暑くて家につくころには少し汗をかいてしまう。


...そして、照りつける太陽と同じくらい暑苦しい、この、ストーカー。


「っんでさ!!試合終了のところで3ポイントシュートしたんだよ!!逆転勝利!!やばくね!?ブザービート!!俺かっこよすぎねえ!?天才かと思ったわ!!もしかして才能あんのかな!?」


...うるさい。

お前は蝉か。

ストーカーから蝉に降格するぞ。


今日あったらしい体育の時間の話を永遠としてくる。


先週あのまま一生寝込んでいたらよかったのに、あの次の日からはちゃっかり回復して、ストーカーを再開してきた。


迷惑極まりない。


「つゆにその試合見てほしかったわ~!!つゆ、それ見たらたぶん俺のこと惚れ」

「ないです」

「キター!即答!!」

「...」


...本気で蝉にしようかな?




「...つゆ、なににやにやしてんの?
さっさとお風呂入っちゃいなさい!」


リビングでテレビを見ていると、お母さんにそうつっこまれた。


どうやらわたしは今日の放課後の“蝉”という例えをふと思い出して、我ながら笑ってしまっていたらしい。


え?このわたしが?ふと?思い出した?蝉のことを?

蝉=ストーカーのことを?

いやいや、そんなわけない。

今のなし!!


わたしはかき消すように頭をぶんぶんふって、お風呂場に移動した。



シャンプーで頭を洗って、トリートメントでケアをして。


ボディソープで体の隅々まで洗った。


夏は暑いからシャワーで済ます人も多いと思うけど、わたしは湯船にゆっくりつかるのが好き。


さすがに冬よりは温度低めだけどね。


なにも考えずに頭のなか空っぽにしてぼーっとするのだ。


この時間が一番リラックスできる。


親もそれを知っているから、入浴時間が長くてもなにも言われない。


つまりだれにも邪魔されない時間ってこと。


そう、だれにもーー...


バンバン!

「つゆー!!」


...?


せっかくこっちはリラックスしているというのに、勢いよくお風呂の扉を叩かれた。この声はお母さんだ。


「なにー?」


お風呂から出てから言えばいいのに、いったいなんの用だろう。


「彼氏が来てるよ!!金髪の!」


............は?



「わたし、彼氏なんていないよ」


湯船からはひとつも動かずにそう返事した。


“金髪”というワードにもう嫌な予感しかしないのは気のせいだと思いたい。


「そんな隠さなくていいって~!かっこいいじゃないの!!ほら、玄関で待ってるからさっさとお風呂あがりなさいっ!」


あの、彼氏と名乗って突然訪問してくるとかどこのだれだか知りませんが、真面目にキレますよ?ねえ、ストーカーさん?


わたしは不機嫌マックスでお風呂から出て、いつもなら寝るときの部屋着を着るが、洗濯が終わったカゴにちょうどTシャツとスキニーが入っていたため、それに着替えた。


胸まである黒い髪の毛を簡単に乾かしたあと、学校では下ろしているが、お風呂上がりには決まってのおだんごにした。


このときももちろん、わたしのイライラは少しだって収まっていない。

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