ストーカーに溺愛されても嬉しくないんですが。


お母さん、どうして簡単に玄関になんてあげるのかな?


彼氏なんて、信じるのかな?


「いきなりなんですか?」


だって今目の前に立っているこの人は、わたしのストーカーなんだよ?


わたしはきっと今までで一番低い声が出たし、顔に怒りマークだって2、3個付いてると思う。


突然押し掛けてきた非常識な行動はもちろんだけど、なにより、入浴を邪魔されたことが我慢ならないのだ。


無視せずに出てきてやったんだから、それなりのお礼はあるんですよねえ?


「......ちょ、つゆ、やばい......」


わたしがいかにも怒っているというのに、金髪頭はまったく気づいている様子はなく、

そしていきなり鼻の右の穴から赤い液体を垂らした。

いや、わたしから見て右ってことは、左の穴か。

って、そんなのどっちでもいいわ。

どっちにしろびっくりするから。



先輩は自分が鼻血を垂らしていることに気がついて。


「っあ、待って待って!これはちがう!決してつゆのお風呂あがりに興奮してるわけじゃないから!!首もとが色気あるとか思ってないから!!」


「...はあ」


わたしはもう言い返す気にもならなくて、大きなため息をこぼしてから、リビングへティッシュを取りにいって先輩に手渡してやった。


ストーカー要素の混じった血液をこの地に落とされちゃたまったもんじゃない。


「あ、ありがとう、つゆ!!」


「...で、なんですか?」


このまま追い返すよりも、要件をさっさと済ませたほうがあとからめんどくさくないと思い、仕方なく聞いてやった。


時刻は20時30分。


放課後会ったというのに、私服でまたこんな時間にやってきたということは、よほどの用事があるのだろう。


よほどじゃなかったら、どうなるかわかってますよねえ?



「ちょっと今から俺に着いてきてほしい!!」


「...はい?」


えっと、これは新手の誘拐ですかね?


任意の誘拐ですかね??


そろそろ犯罪重ねるのやめません???


「いきなり言われても困るんですが」


「どうしても連れて行きたいところがあるんだ!たのむ!」


「...」


なんでこうも強引なんだ、この先輩は。


この人が勝手なのは、今に始まったことじゃないが。


「すぐ着きますか?」


「そうだな...1分あれば!!」


「...なら、いいですけど」


わたしはまたため息をついてしまいながら、サンダルに足を通した。


ここから歩いて1分圏内のところで連れて行きたいっていったいどういうことなんだ。


まったくもって理解不能である。



「はい、これかぶってな!」


家から出ると、家の前に、見たことがないバイクがとまっていた。


先輩はそのバイクにかけていたヘルメットをわたしの頭にかぶせてきた。


「ん、後ろ乗って!」


バイクにまたがり、その後ろを親指で合図した。


「わたし、まだ死にたくないんですけど」


バイクなんて一人でも二人でも乗ったことないし、このストーカーの運転を信用できるわけがない。


「大丈夫大丈夫!もう一年以上乗ってるから!」


「へえ...」


それなら大丈夫...かな。


恐る恐る後ろへまたがった。


どうやら歩いて1分ではなくて、バイクで1分ということのようだ。


おかしいと思ったよ。でも、バイク1分だとしても、連れて行きたいと思える場所なんてないと思うけど。


むしろ、ここらはわたしのテリトリーなはずなんだけど。



風をビュンビュン切って走るからとても涼しい。


バイク、かなり気に入ったかもしれない。


初めて乗ったのにすでにこの助手席に慣れてしまった。


「つゆ、怖かったら抱きついてもいいんだぞ!?」


「いえ、けっこうです」


「ちぇっ」


ちぇっじゃないんですよ、ちぇっ、じゃ。


死んでも抱きついたりはしないが、一応Tシャツのそでを軽くつまんではいる。


跡になったら、それは知らない、うん。


「...てゆか、とっくに1分とか過ぎてますよね」


少し大きめの声でそう言った。


数分どころか、もう10分近く走ってる気がするのだが。


わたしとしたことが、思いの外乗り心地がよくて、反抗するのに遅くなってしまった。


けっしてこのストーカーの後ろだから乗り心地がいいわけではなくて、バイクに二人乗りというものが、新鮮なだけだ。



「もうすぐもうすぐ!」


ストーカーのくせに、わたしのことをそんなふうにあしらった。


くそー、1分なんて、騙された。心外だ。


でも、止まることないバイクから下りるわけにはいかないし、どうせならこのまま連れて行かれてやってもいい。


目の前で揺れる金色の髪の毛が、少しだけ綺麗だと思った。


「とうちゃーく!」


ほどなくして、バイクが止まった。


「下りれるか?」


「はい」


わたしはゆっくり助手席から下りた。


辺りは真っ暗で、いったいどこに連れてこられたのか、まったく検討がつかなかった。


ヘルメットをとって周辺を見渡すけど、街灯がひとつあるだけで、本当に真っ暗闇だ。


どこ?ここ。さすがに怖いんだけど...。


「バイクはわざとここに止めたけど、ほんとはこっち!」


先輩はそう言ってわたしの腕を軽く引っ張った。


真っ暗闇の道を、右に曲がった瞬間、わたしは思わず息をのんだ。


視界いっぱいに広がった、まるで宝石箱のような、キラキラな景色。


「綺麗...!」


一瞬で心をわしづかみされた。



すごい...こんな夜景、初めて見た...。


うっとりと見とれてしまった。


普段風景等無関心なわたしだが、今回ばかりはそうはいかなかった。


それくらい、綺麗としかいいようがないほど、綺麗なのだ。


「ここ、穴場なんだ。宏介に教えてもらった」


隣の先輩はうれしそうにそう言った。


「そうなんですか...」


今わたしたちがいる場所は山奥へ向かう道路だから、人はいないし車も1台も通っていない。


すごく静かで、まるで異世界にいるような感覚に陥った。


...まるで、先輩とふたりで、溶け込んでしまったよう...。


「つゆ」


静かに名前を呼ばれた。


“はい”と返事をする代わりに、ゆっくりと先輩を見上げた。


宝石たちの光のおかげで、先輩の顔ははっきりとわたしの視界に映った。


それは、今までに見たことがないくらい、真面目な表情だった。


その口が少し控えめに、小さく開かれたーー。


「...俺、つゆのことが好きだ。俺と付き合ってくれ」


真っ直ぐに告げられた言葉。


わたしの胸に、一直線に届いた。


時が止まった気がした。



しばし沈黙が流れた。


告白されるなんて、人生で初めてだった。


ちなみにストーカーされるのも、だが。


「...先輩、ほんとにわたしのこと好きだったんですね」


心の声が思わず口をついて出た。


“つゆのこと好きだから...”わたしがお見舞いに行ったときに言っていたこの言葉は、ただ甘えているだけだと思ってたし、


「...え!?まさか気づいてなかった?」


今までストーカーしてきていたのも、まさか本当に好意を寄せられているとは思ってなかった。ただたんに変に気に入られてる程度かと。


だって、本当に好きで片想いでアピールするとしたら、


「つきまとったりしないでしょ...」


「つ、つきまとう!?そんなまるでストーカーみたいな...!!」


「...」


これはネタで言っているのか...いや、本気のようだ。


だが、“あなたの行為はストーカーですよ”とはっきり言う気にはなれなかった。



「返事はゆっくり考え…」


「すみません」


「え?」


「聞こえなかったですか?すみませんと言いました」


「えっと、なにに対しての“すみません”?」


「告白に対してです。NOという意味です」


「…」


「聞こえなかったですか?返事はノ、」


「ノーおおおお!言わないで!言わないで!!」


両手で両耳を押さえてなにも聞こえなかったフリをする先輩。


さっきの真面目な先輩から、いつもの先輩に変わった。



「…やっぱり雑誌通りにはいかないか…」


しゅんとした顔つきでそんなことをつぶやきながら、その場にヘニャヘニャとしゃがみこんだ。


「…雑誌?」


聞き返して、わたしも膝を折った。


「なんでもないっ」


まるで拗ねたみたいにプイと顔を横にやった。


「言ってください」


気になるじゃないか。


先輩は「ん~…」と少しだけ悩んでから。


「…俺、今まで自分から告白したことないから、雑誌見て研究した…」


わたしは正直、真っ先にうそだと思った。


これまでわたしに初対面のときから遠慮なく近づきしゃべりまくっていた先輩は、雑誌で研究するような恋愛初心者とはまるで思えないからだ。


聞いてもいないのに、先輩は目線を落としたままさらに言葉を続けた。


「知り合ってから1ヶ月半で告白するのが一番いいらしくて、告白スポットは夜景が1位だった…」


「……」


ふつうこういうのは、相手には言わないほうがいいんだと思う。


だが、どうやらわたしは例外のようだ。


正直、先ほど“好き”と言われたときは、まったくもってときめかなかった。


なのに今、なぜだか目の前にいるストーカーが可愛く見えて仕方ない。


なんて正直な人なんだ。


胸の奥がきゅうっとなった。


初めて話しかけてきたあの日から、先輩は本気だったんだ…。


そんなにわたしのこと……。



こうなったら、わたしも真剣に考えるしかない。


だけど真面目に、今のわたしの気持ちは“NO”だ。


それを早まって“YES”と言うわけにはいかない。


「…わたし、先輩のこと、なにも知らないです」


ポツリとつぶやいた。


先輩はパッと顔をあげた。


視線が交わる。


男。3年生の先輩。金髪。ストーカー。

これらは、今までの情報。

わたしのことが、好き。

たった今、これが追加された。


…これ以外、なにも知らない。


先輩のこと……もっと知りたい。


「名前…」


「え?」


「先輩の名前、教えて下さい」


「…」


わたしの質問に、先輩はあんぐりと口を開いた。


「待って、泣いていい?」


「なぜですか?」


「名前も覚えられてなかったとか…もう泣くしかない」


そ、そうか。今の質問はさすがに失礼だった。


でも、ほんとに覚えていないのだ。


わたしは人の名前を覚えることが苦手なのだ。



先輩は「よし!」となぜか意気込んで立ち上がった。


わたしも特に意気込まずそっと折っていた膝を真っ直ぐにした。


「俺の名前は、慶田ア、」


「ア?」


ケイダア?


言いかけて止まったケイダア先輩。


「いや待てよ。俺がすぐに教えたら、つゆの記憶からまた一瞬で消えそうだ!!だから、自分で調べてくれ、つゆ!!」

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