ストーカーに溺愛されても嬉しくないんですが。

いやなぜそーなる。


「自分で調べたほうが、記憶に残るはずだ!!」


最もらしく言うんじゃない。さっさと言ってくださいよ。


「覚えられてなかったこと、悲しい!!悔しい!!」


それが本音かーい。


まあいいか、ケイダア先輩で。


「もう遅いし、そろそろ帰るか」


「そうですね」


わたしはまたヘルメットをかぶり、助手席に座った。


まだ二回目だというのに、手慣れたものだ。


バイクが発進した。


また、ビュンビュンと風を切る。


涼しい…。


わたしは後ろに乗っているあいだ、とある言葉を心のなかで繰り返していた。


ケイダア…けいだあ...。


うーん...。


『俺、3年の慶田ーー』


「ーーあっ!!」


「!?どした!?」


「いや、なんでもないです」


...思い出した。


「...新、先輩」


先輩には聞こえないくらい小さな小さな声で、

目の前の大きな背中にそっとつぶやいた。



「つゆの髪って綺麗だよなあ~、見るからにサラサラつやつや」


「それはどうも。...なに触ろうとしてるんですか?」


「え、だめ?」


「だめです。てゆか汗かいてるんで」


ほんっと熱い。


地肌が焦げそうだ。


わたしは先週このストーカーに告白をされたわけだけど、特に今までとなにも変わらず、いつも通り家まで着いてくるという日常。


「つゆの汗ならウェルカム!!むしろ触りたい!!」


「...」


「本気で引くのやめて!?」


いや、引くわ。


「俺も汗がやべえ~」


先輩はそう言いながら、カバンからフェイスタオルを取り出して額と首元をぬぐった。


うっとおしそうに前髪をかきわけた。


その金色に輝く髪の毛は、太陽に照らされて眩しいほどに光っている。


キラキラと綺麗に揺れていて、思わず目を奪われた。



「え!?なになに!?やっぱりこのプリンやばい!?」


...プリン?...プリン頭のことか。


たしかに生え際に数ミリ黒い地毛が見えている。


「そろそろ染めにいかねえとなー!!つゆは、俺にしてほしい髪色ある!?」


「いや、特に」


「えー!なんか言ってよ!」


「まあ無難に茶色でいいんじゃないですか」


「茶色かー!!よし、そーしよ!!」


「いや、べつにしなくても…」


「つゆも一回くらい茶色にしてみたら!?」


「黒が落ち着くんですよ」


「そっかー!!そうだな、似合ってるもんな!!俺、黒似合わねえんだよなー!!いつ茶色くしよっかなー!」


「明日からの3連休で染めたらどうですか」


わたしがそう言うと、ストーカーからの返事はなく、いきなり黙りこんだ。


いきなりどうしたんだ?


「さん...れん...きゅう...?」


「なんですかその初めて聞いた単語かのように」


「初めて聞いた」


「嘘ですよね、はい」


「はい、嘘です」


「正直でいいです」


「でもでもでも...!!つゆと一緒に帰りはじめてから、初めての3連休...!!2日で限界なのに!!!」


そういえば、3日間会えなかったら干からびるとかなんとか言ってたような。


「なんで3連休なんだ!?海の日は再来週の月曜日のはずじゃ!?」


そう、来週の月曜日は、祝日でもなんでもない。


うちの高校だけが、休みなのだ。

高校の創立記念日なのだ。

その日を休みにするとは、なんと良心的なんだ、うちの高校は。

ありがたやありがたや。



「つゆ、これはもしや俺たちふたりに与えられた日なんじゃ!?」


「は?」


「よし、月曜日はデ、」


「は?」


「3連休猛暑らしいし、一緒にプールにでも行、……やめます」


一単語発するのももうめんどくさくて、3回目の“は?”は言わなかったのに、どうやら自重したようだ。


「プールと言えば…!!つゆと同じクラスの男ども羨ましすぎる…!!」


「なんでプールと言えばなんですか?」


わたしのことが好きなら、プールに関わらず常に羨ましい、となるはずだが。べつに思ってほしいとは思わないが。


「だって!!水泳男女一緒じゃん!!つゆのスクール水着…!!!」


「…」


…聞かなければよかった。


てゆか、それこそ自重しろ。この変態ストーカー。


「んっじゃバイバーイ!!」


わたしの家に到着し、先輩はいつものように満面の笑みで家に入っていくわたしに大きく手を振った。


毎日毎日、ほんとよくやるよ。


「…それじゃ」


軽く手のひらをあげて小さく振り返した。



日曜日ーー。


金曜日に先輩と髪の毛の話をしたが、それとは関係なく、今日はもともと美容室を予約していた。


家の最寄り駅から、電車で15分、おりてそこから歩いて15分。


どうしてそんなちょっと遠いし歩かなきゃいけない不便な美容室に通っているのかというと、そこはお母さんの友達が経営している美容室で、小さいときからそこに通っているからだ。


腕はいいし、話も面白いし、ほかの美容室に行こうと思わないのだ。


わたしが電話をかけたときには今日は予約がいっぱいで、19時からしか空いていないとのことだった。


それで問題はなかったため、19時で予約をとった。


時刻は18時15分。


お母さんに声をかけて、わたしは家をあとにした。



「つゆちゃん久しぶり!」


予約がいっぱいで疲れているはずなのに、疲れをまったく感じさせずに出迎えてくれたお母さんの友達である美容師さん。


「毎回久しぶりですよね」


「あははっ、そーなるねえ!」


少しも待たずに、すぐにチェアに案内された。


「いつもどおりでいいのかな?」


いつもどおり、2センチほど切って、すいて、形を整えてもらう、ということ。


「はい、いつもどおりで」


「サラサラだねえ~、ここのお客さんでつゆちゃんの髪の毛の綺麗さはダントツクラスだよ」


「ええ、ほんとですか?それならうれしいです」


「黒髪もすっごく似合ってると思うんだけど、夏だし、染めようとは思わないの?」


「やっぱり黒が落ち着くんですよね」


最近にもこんな返事をだれかにしたような。


「そっかあ、つゆちゃんの茶髪見てみたいなあ」


茶髪…。


「…似合いますかね?」


「うん!似合うと思うよ!!つゆちゃん可愛いし色白だし!!」


「そうですかねえ…」


“つゆも一回くらい茶色にしてみたら!?”


ストーカーの言葉がふと浮かんできた。


「一回くらい…してみようかな」


「え!?しちゃう!?」


「今日できますか?」


「うん!つゆちゃんが最後のお客さんだからね!」


「じゃあ…お願いします」


「そうこなくっちゃ!!」


それからブラウンカラーの見本を見せてもらって、わたしに最も似合いそうな色を美容師さんと一緒に決めた。



「いいじゃん!すごい似合ってる!!超新鮮!!」


カラー剤を髪の毛に塗り、ラップを巻いて30分置き、髪を流し、シャンプーとトリートメントをし、ドライヤーでかわかす。一連の流れを終えた。


目の前の大きな鏡にうつるわたしはたしかに新鮮で、自分じゃないみたいだった。でも、予想以上に気に入った。


「つゆちゃん今回はじめてだし、リタッチカラー無料でするよ!!」


「いいんですか?」


「うん!だから地毛が気になりだしたら、来てね!!」


「ありがとうございます!!」


「いやいやこちらこそ!ありがとうございました~!!」


お会計を済ませ、美容室をあとにした。


時刻は20時を過ぎていて、辺りは真っ暗になっていた。


生ぬるい風が頬を切り、染めたばかりの茶色い髪の毛をなびかせた。



駅まで歩いて15分の道のりを歩いていく。


ご飯は家を出る前に食べたから、お腹はすいていない。


明日も学校は休みだから、とてもゆっくりできる。


美容室を出たあとって、だれしも気分が上がっていると思う。


少なくとも、今のわたしはあがっている。いつも以上に。


麻尋、びっくりするだろうな。


火曜日、どんな反応するだろう。


考えるとなんだか楽しみになった。


…先輩も、似合うって言ってくれるかな…。


心の片隅にそんな気持ちも芽生えながら、

あまり人気のない夜道を歩いていたーー。


1分前までは、胸に花が咲いたかのような気分だった。


だが、その花は今、真っ黒に染まっている。


恐怖でーー今にもポトリ、とまるごと落ちてしまいそうだ。


......だれかに、後をつけられている。


はじめは、気のせいだと思った。


たまたま同じ道なのだと。


でも、あきらかにおかしい。


たしかにーーつけられているのだ。


もうすぐ、もうすぐーー駅に着く。


今すぐ駆け出したいのに、そうしたら捕まえられそうで、走り出すことができない。


希望の光が見えたーーコンビニだ。


わたしはそのコンビニに逃げるように飛び込んだ。



はあ......っはあ。


怖かっ...た。


希望の光に飛び込んだけれど、未だ心拍数は下がらない。


ドクドクと音を立てたままだ。


コンビニのなかを無意味に徘徊する。


とにかく、じっとしていられなかった。


だが、ここから容易に出ることなんてできない。


コンビニの外で、ストーカーが、まちぶせているかもしれないーー。


ピッ...ピッ...


わたしは無意識といっていいほど、ストーカーに電話をかけていた。


あ、今ここでストーカーのことをストーカーと呼んでしまうと紛らわしいため、今だけ新先輩と呼ぶことにする。今だけね。


『っつゆ?どした~!?』


陽気な声が耳に届いて、心底安心した。


だけどわたしはそこで、電話を切った。


......だめだ。こんなときだけ、新先輩を頼るなんて。


わたしの気持ちは“YES”じゃないのに、こんなときだけ呼び出そうとするなんて、失礼だーー。


ピリリリリッ!


着信が鳴り響いた。


新先輩だ。



わたしは出るのをためらった。


だけど、鳴り止まない着信音。


わたしは、通話ボタンを押したくてたまらなかった。


その気持ちに素直にしたがうことにした。


「も、もしもし」


『つゆどした、…なんかあった?』


「…ッ」


思わず泣きそうになった。


新先輩は、わたしになにかあったのかと気づいてくれたのだ。そうして電話を折り返してくれた。それだけで救われた気がした。


『...コンビニにいるのか?』


コンビニ特有のメロディが流れている。


「…はい」


『どこのコンビニ?』


「南野駅の近く…」


『わかった、5分で行く』


そこで電話は切れた。


迷いなく“行く”と言ってくれた新先輩。


はじめて先輩がかっこいいと思った。



「つゆ!」


イートインコーナーのイスに腰掛けて先輩を待っていると、5分もせずに後ろから名を呼ばれた。


その声に、胸が震えた。


振り向くと、心配気な表情を浮かべた新先輩が立っていた。


「大丈夫か?」


「…はい。実は、だれかにつけられていて…」


「!?な、なにも...っ」


「なにもされてないです、急いでここに逃げ込みました」


「よ、よかった......」


わたしと同じくらい、心底安心した様子の先輩。


「ソイツの特徴は?」


「わかりません...角を曲がるときにさりげなく見たんですけど、暗くて...」


「そうか。外に待ち伏せしてそうなやつがいないか、見てくる」


「お願いします...」


新先輩の手際のよさに、すこし驚いた。


わたしは完全に先輩を頼りにした。

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