大好きなキミのこと、ぜんぶ知りたい【完】
「虹、シャンプーの匂いする」
「もう、お風呂入ったから」
「うん。そっか、」
いつもきれいに分けられている前髪も今はぺたん、としていてふんわりとした柔らかそうな髪が少しぬれていることを考えると、どうやら千尋はお風呂あがりらしかった。
するり、と髪から手を離して、千尋が一歩私に近づく。
街灯に照らされても表情の半分しかうまく分からないのに、それでもどこか翳りのようなものを千尋が持っているのをかんじて、どくん、と心臓がこっそり跳ねた。
「どうしたの?」
「…うん、」
「……、」
「急に、いや、急ってわけではないけど、」
千尋が、私の顔をのぞきこむように背をかがめる。
そのまま、ぱちりと瞳が合わさって、なに、と声にはならないで唇だけが動いた。
「虹が、泣いてないか不安になった」
「……っ、」
「………」
「……なにそれ。なんで、いきなり」
そんな予兆もなかったはずだ。
いたって元気にいつも通りの私で、今日も千尋と接していたと思うし、本当に何かあったわけでもなく。
それに。
千尋の前ではそんなにいつも泣いているわけではない。
むしろ、泣けないくらいなのに。
ひょっとすると、千歳くんに振られた次の日の大泣きを千尋は時折、思い出すのかもしれない。