おやすみ、お嬢様
「そう、すごく元気な人でご飯も美味しいの。一度食べにおいでよ。でね、それでね、その人にね、彼ができてもおにぎりの一つも作れませんよって言われて」

榛瑠は軽く笑う。

「その通りです、でも彼氏が料理けっこう上手なんですって言ったら、……ねえ、聞いてる?」

「聞いてますよ」

「では、次からはその方に教わってくださいって言われたの。どう思う?」

「どうって……」パンにバターを塗りながら彼が答える。「それが私のことでしたら、お断りしますけど?」

私は返答することがとっさにできなかった。

「え?どうして?」

「あなた不器用だし、はっきり言って面倒くさいですから」

「……ひどい。私がごはんも炊けないままだったらどうするのよ」

「どうもしません」

「私のおにぎり食べられないよ」

「かまいません」

「……榛瑠は平気なの?私が言うことじゃないけど、彼女にご飯とか作ってもらいたくない?」

「別に。あればいただきますけど。もともと自分の食にはそこまで興味はないんです。知ってるでしょう?」

知ってる。彼は自分のためには料理らしい料理はほとんどしない。時間がないせいもあるけど、体の管理が最優先の食事をしている、だけだ。

「でもさあ……」

「逆に、なんでそんなこと思いついたんですか?つまらないこと気にしなくていいから。ところで飲み物は何にされますか?」

「紅茶とオレンジジュース!」

なんでだか癪にさわる。永遠に手料理食べさせてあげられそうにないじゃない。
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