妖精の涙【完】
「またあなたは…!」
「まあいいじゃねえか。人によっちゃ腹下す代物なんだ、あんまり飲むとかえって体に悪い」
手をひらひらとさせる彼の言葉を聞きつつ、まだ口に広がるミルクの香りが心地よくてほんわかとした気分を味わっていた。
「1番、だろ?」
「はひい…」
息を吐くとさらにミルク感が増す気がして変な声で返事してしまった。
「あたしも飲みたい…」
「俺の飲むか?」
「結構よ!マスター、残ってるホットミルクちょうだい」
「かしこまりました」
そしてマスターと談笑しつつ体を温め、ギーヴが用意してくれた馬車に乗り込んだ。
さすがに外は気温が低く、ワインレッドのコートを出る前に着ているとマスターにこそっと言われた。
その言葉がさっきから頭を離れないのだ。
"本当は紺色ではございませんね"
その言葉を反芻していたため馬車で無言になっていると、眠くなっていると勘違いした隣にいるリリアナに声をかけられた。
「眠いの?」
「いえ…眠くはありません」
「また熱出たんじゃないわよね?」
「それは大丈夫です。ちょっと疲れただけですので」
「なんか上の空だから調子悪いのかと思ったわ」
なんとかリリアナの言葉をやり過ごして雨が打ち付ける車窓を眺めていると、今度は前から声をかけられた。
「で、どうだ?」
「はい?」
「王女お墨付きの店で賞」
…あ。
すっかり忘れていた。
「あなたねえ…最後に全部持ってかれたに決まってるじゃない」
「それは光栄でございます」
「はあ、まったくもう…」
案の定、マスターの店が満場一致でMVPになった。
「バイト雇うように言った方が良さそうだな」
「マスターだけでやってるの?」
「ああ。あの人結婚してねえんだ」
「へえ…モテそうなのに」
「俺の知るところはそこまで。おまえらは帰ったらしおり作りの続きやるんだろ?」
「ええ」
そしてリリアナを部屋に送り、ティエナはその後に荷物を置きに自室に戻った。
ギーヴが運ぶのを手伝ってくれたがそのときは中まで入って来ることはなかった。
「そんで、俺に用があんだろ」
2人きりとなり、半開きのドアを隔てて声をかけられた。
「…ありません」
「嘘つけ。顔に書いてある」
ええ…と思って顔を撫でると苦笑された。
「そうだな…最後の服屋行ってから顔が変だぞ」
変ってなんだ。
変って…
珍しい緑色の目に見つめられて居心地が悪くなり俯いた。
「ほら言ってみ。ん?」
頬に手を添えられて優しく上を向かされると甘やかすような瞳と目が合った。
これ以上は…見ていられない。
頬が火照る感覚がし、心臓がドキドキとうるさかった。
「…イヤです」
どうしても言えなくてまた俯くと視界に靴が見えてバタンとドアが閉まる音がした。
えっ、と思い顔を上げると彼が部屋に入ってきていた。