愛されたい、だけなのに。〜卒業から少し経ったお話〜
「…」
…あれ、痛くない。
痛みに耐えようと、閉じていた目をそっと開けた。
「…夏目さん。これ以上、結芽ちゃんに暴力振るうようなら、虐待で警察に通報しますよ」
振り上がった手を、圭吾くんが背後から掴んでいた。
「虐待!?私がいつ虐待したって言うのよ!?」
結芽ちゃんのお母さんの怒りの矛先が、圭吾くんに向いた。
「この間、病院でも結芽ちゃんを何度も叩いていましたよね?しかも、警察の前でも。事情が事情で病院に行った結芽ちゃんのことを何度も叩いたことで、警察もきっともう虐待を疑っているはずですよ」
抑揚のない声で喋る圭吾くんは、いつもより怖く感じる。
「私は…虐待なんて…」
結芽ちゃんのお母さんも、さっきよりもパワーがなくなっている。
「愛情を持って子供を叩くのと、自分の思い通りにならないからって子供を叩くのは雲泥の差がありますよ」
圭吾くんが、振り上げていた結芽ちゃんのお母さんの手を離した。
「…あなたに何がわかるって言うのよ…」
結芽ちゃんのお母さんの身体が、震えている。
「子供を持ったことがない人に、何がわかるっていうのよ!!!」
ビク!
さっきよりも怒りを増した声に、結芽ちゃんの身体もビクッと跳ね、私の身体にしがみつく。
「自分の子供の将来を心配して何が悪いのよ!!この子は勉強させてもダメ、スポーツもだめ、友達もいない!厳しくなって当たり前でしょ!!??」
結芽ちゃんの前でそんなことー…
「そういうこと言わない…」
「子供を持ったことがないので、親の気持ちはわかりません。けど、こう見えて元高校教師ですから…2年前までたくさんの生徒を見てきました」
結芽ちゃんのお母さんに食って掛かろうとした時、圭吾くんが喋り出したため黙った。
「元…高校教師?」
驚いた顔をしている、結芽ちゃんのお母さん。
「えぇ」
「あぁ…そう…」
さっきよりも小さくなった声。
「夏目さん、お子さんを心配なさる気持ちはよくわかります。僕が教師をしていた時も、お子さんを心配しない保護者の方なんていませんでした」
うちの親は、私に無関心だったけどねー…
って、今は私のことはいい。
「けど、その心配が過度の親の期待に変わってしまうと、どうでしょう?真面目なお子さんは、その期待に答えようと頑張ります。けど、なかなか結果がでない。壁にぶち当たる。そんな時に、さらに頑張れと言われたらどうなります?今度は期待がプレッシャーになって、最後は押し潰されてしまいますよ」
真剣な表情で話す圭吾くんの話を、結芽ちゃんのお母さんは聞いてるのか聞いてないのか…茫然としている。
「ただでさえ、学校という狭い箱の中に入れられて、周りにいる大人は先生や親ぐらい。皆が皆、同じような期待を与えていたら、逃げ場がなくなってしまう。誰にも相談できなくなってしまう。もうそしたら、自ら命を絶つ選択しかできなくなってしまうんですよ」
結芽ちゃんは、私の身体にしがみついてた腕を緩め、圭吾くんの顔をじっと見ている。
「弱いから逃げるんじゃない。選択肢がそれしかないから、選んでしまう。勉強はもちろん大切です、友達も多ければ多いほど色々なことを吸収できます。けどその前に今の結芽ちゃんに必要なのは、視野を広げてあげることじゃないですか?」
諭すように喋る圭吾くんの表情は、高校の時と同じ…先生の顔をしている。
「選択肢が死ぬことしかないなんて、そんな悲しいことはありません。もし本当に死んでしまったら、期待することも、将来を心配してあげることも、助けてあげることもできなくなってしまいますから。残された人は、後悔しか残りませんよ」
後悔ー…
自殺でお姉さんを亡くしている圭吾くんの言葉は、とても重い。