蜜月は始まらない
本意ではなかったが、キスを止めて顔を離す。

ふたりの間を繋ぐ唾液の銀糸が、名残惜しそうにプツリと切れた。



『……まちがえた』



たぶん俺は、夢の中でそうつぶやいたと思う。

さすがの自分も、告白より先にキスをしたのはまずかったと思ったらしい。

とはいえこれは眠っている間に脳内で起こっている出来事だし、そもそも夢の中の俺もまだ華乃に想いを伝えられていないのかよ、とどこか冷静にツッコミもした。

そこから先はもう、記憶がブツリと途切れている。

カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさに目が覚めたら、自室のベッドの中だった。

床には風呂上がりにそのまま肩にかけていたと思われるタオルが落ちていて、ゆうべ自分が一応シャワーを浴びたことは想像がついたけど……それを含め家に帰ってきてからの記憶が曖昧で、ベッドで半身を起こしながら俺は思いきりうなだれた。

現実のことは覚えていないのに、夢の中での体験はなんとなく思い出せるなんて、ちくはぐだ。

もしやアレは、酔っ払った自分が本当にやらかしたことなのでは……?

そんな最悪の想像をして念のため華乃本人に探りを入れてみたが、彼女は『何もなかった』と笑っていたから心底安心した。

本当に、よかった。夢の中の俺が考えていた通り、まだ自分の気持ちすら伝えていないのに手を出すようなことはできない。

それに、彼女の心には──まだ、前の男が住みついているのだ。
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