蜜月は始まらない
ふと華乃の顔へ視線を向けると、彩りが綺麗なゆかりと枝豆のおにぎりを頬張るその口もとにごはん粒を発見した。

特に何も考えず、ひょいとそれを指先ですくい取る。



「ついてた」



ニヤッと笑ってつぶやいたら、一瞬唖然としていた華乃の顔が見る間に赤くなった。

お、と思わずこちらが固まってしまうと、彼女は俊敏な動きでウエットティッシュを手にし俺の指先にあるごはん粒を拭い取る。



「ごっ、ごめんね、子どもみたいだったね!」



しっかりと俺の右手首を掴みながら、ゴシゴシ念入りに人差し指を拭いている華乃。

その赤く熟れた果実のような頬を至近距離で見下ろし、無意識に唾を飲み込んだ。

我慢ならずに手を伸ばすより先に、華乃が俺の右手首を解放してさっと身を引く。



「私ちょっと、お手洗いに行ってきます」



まだ赤みの引かない顔を俺から背けながら立ち上がり、彼女は逃げるようにこの場をあとにした。

その背中が小さくなっていくのを見届けたのち、先ほど華乃が触れた自分の右手にじっと視線を落とした俺は、深く息を吐いてうなだれる。

あ……っぶねぇ。さっき、ナチュラルに手を出すところだった。

あの熱っぽい頬に触れて引き寄せて、いつかの夢の中のように唇に噛みつきたくなってしまった。

彼女の意思を無視して、そんなことをしてはダメだ。

少しずつ、段階を踏んで……俺の誠実な想いを、伝えていくと決めたのだから。

傍らに置いている自分のボディバッグに、そっと手を載せる。

間違いなくその中にある硬い感触を確認し、決意を新たにした俺は人知れず小さくうなずいた。
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