蜜月は始まらない
「あの日、デーゲームのあと宗さんに『これから彼女の家で鍋やるからおまえも来い』って言われて。まあそれはいいんだけど、酔いつぶれた宗さんを置いてふたりで買い出しに行った場面を、たまたま張ってたカメラマンに撮られたんだ。最初は俺ひとりで行こうとしたんだけど、わかりにくい場所にあるからって日比谷さんもついてきてくれて」



唖然としている私としっかり目を合わせ、錫也くんが掴んだままの手を少しずらす。

手首を乱暴に掴んでいた大きな手が、今度は私のそれを優しく包み込んだ。



「俺と日比谷さんは恋人なんかじゃないし、そもそも華乃と見合いをしてから女性とふたりきりで会ったことなんて一度もない。信じて欲しい」



まっすぐ真摯な眼差しで射抜かれて、息が止まる。

本当に……? あの人とは、何の関係もないの?

他に、好きな女性がいるんじゃないの?

でも、だって。

私は浮かんでくる涙を抑えきれないまま、唇を動かす。



「けど、錫也くん……だって、前に『間違えた』って……」

「間違えた?」



訝しげに眉をひそめる彼から逃れるように、視線を外した。

この先ずっと自分の胸の奥に秘めておくつもりだった出来事を、今初めて声にして伝える。
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