蜜月は始まらない
錫也くんが入浴する前に、タオルのしまい場所などを直接教えてくれる。

私のために新品のものをいくつか用意してくれていた。その気遣いがありがたくて申し訳ない。



「それじゃあ、ゆっくりしてあったまってね」



言いながらそそくさと脱衣場を出ようとしたら、後ろから「華乃」と呼び止められた。

この狭い場所にふたりきりは緊張するから、早いところ退散したいのに!

ドアの前で振り返った私と、どこか意地悪そうに口もとを緩めた彼の視線が交わる。



「せっかくだし、一緒に入るか?」

「は……」



一瞬、ポカンとしてしまう。

けれどすぐに私は猛然と否定した。



「はっ、入らないよ!!」

「そうか」



こちらの動揺なんてお構いなし。彼は涼しい顔をしてあっさりうなずいた。

けど、私は気づいている。彼が今、ものすごーく笑いを堪えていることに。

……お風呂に一緒に入るか、なんて。冗談にしても、あんまりな発言だ。

ドキドキさせられるの、もう、今日で何度目?
ひいら……錫也くん、自分の破壊力わかってる?

熱くなってしまった頬を隠すように、くるりと反転。

私は今度こそ脱衣場をあとにし、ドアを閉めてしまう。
< 52 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop