蜜月は始まらない
「はあ……」



リビングの明るい光の下で、こっそりため息が漏れた。

未だ火照る頬を両手で包む。冷え症な自分のひんやりした手のひらが心地良い。

想像以上に……彼との生活は、心臓に悪すぎる。

一体、いつまで続くことになるんだろう。
きっと……ひと月も経てば、気づいてくれるよね?

私たちは隣に並んで生きていくには、あまりにも違いすぎるんだって。

顔を上げると、リビングから玄関前の廊下へと続くドアが目に入った。

あの向こうには、もともと錫也くんが物置として使っていた洋室があって。

だけど、今日からそこは──私の私物を置いたり寝起きするための、私個人の部屋になる。



『えっと、アスリートなら、睡眠の質は特に大事でしょ? こっちの動く音とか気にさせるの申し訳ないし、別々の部屋で寝た方がいいんじゃないかな……?』



発端は、“ベッドをどうするか”という話からだった。

俺が今使っているセミダブルの他にシングルを買い足して並べてもいいし、でかいのをひとつ買って使ってもいい。

そんなふうに話す彼に、私は内心めちゃくちゃ焦りながら先ほどのセリフを言った。

柊くんと、同じ部屋……同じベッドで眠る?

そんなの無理だ。心臓がいくつあっても足りない。

ともあれあながち嘘でもない理由を混ぜた私の提案に、彼は少し逡巡したのち特に反論もなくうなずいた。

それが、初めてこのマンションに訪れた2月後半のときのことだ。
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