蜜月は始まらない
そして、このとき。
俺は自分でもわけがわからなかった悪い癖の理由に、ようやく気づいた。

そうだ。日に透けると茶色っぽく見えるさらさらの黒髪も、丸く切りそろえられた自然な爪も、どこか遠慮がちに俺を呼ぶ声も。

すべてあの頃の自分が、好ましく心地良いと感じていたものばかりだった。

振り返れば振り返るほど、なぜ気がつかなかったのだと自分に呆れる。

きっとずっと、たぶん最初から、俺にとって花倉華乃という人間は特別だったのだ。


自分の心の奥に眠っていた感情に気づいたところで、俺はそれをどうこうする気概など持ち合わせていなかった。

今さら……そう、すべて今さらだ。

共に過ごした高校はとっくに卒業し、今はそれぞれ別々の道を歩んでいる。
俺は強豪野球部を有する都内の私立大学へ。彼女は栄養学を学べる隣県の女子大へ。

連絡先だって知らない。それくらい、高校時代の俺たちはあまりにも“ただのクラスメイト”だった。

今さらどうして、積極的なアクションなんて起こせようか。

それからは、ただひたすらに野球に打ち込んだ。

幸い、こと野球に関していえば生活は満ち足りていて。
特定の彼女なんて作らなくても、都合のいい相手と互いに割り切ったうえでたまに発散することができれば、問題などなかった。
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