蜜月は始まらない
『……花倉、元気だったか?』

『うん、元気だよ。テレビで観てたけど、柊くんも元気そうでよかった』



大学卒業後にプロ入りして3年目、初めて参加した高校時代の同窓会で、数年ぶりに彼女と会ったときも──きっと俺は、なんの違和感もなく接することができていたはずだ。

こちらから接触する前に、彼女が他の女子たちと最近できた彼氏の話をしているのを偶然聞いてしまったことも、ブレーキになっていたのかもしれない。

相手は、同じ職場の先輩らしい。
少し照れくさそうに話す横顔に今の彼女が幸せな毎日を送っていることを感じ取って、今さら俺がその人生に介入などできないと改めて思い知った。



『柊くん、日焼けで真っ黒だねぇ! 私は軟弱でお恥ずかしい……』



そう言って、自身の白く細い腕をさする。

久しぶりに向かい合って話をした彼女は、こんなにも華奢で、触れれば簡単に折れてしまいそうだったろうか。

きっと自分があの頃より背丈や身体付きが変わったからそう感じたんだろうが、ますます俺は、手を伸ばすことを頑なに恐ろしく感じる。

なのに、やわらかく微笑まれるとどうしようもなくこの笑顔を手に入れたいとも渇望してしまって。

自分の中のちくはぐな感情の変化に困り果てた俺は、結局たいした話もできないまま会話を切り上げ、彼女に背を向けた。

未練たらしく執着している自分に呆れる。全然、忘れられていないじゃないか。

そうは思うが、一方で仕方ないとも感じる。それくらい、彼女と初めて出会ったときのことは鮮烈だったのだ。

元来、俺は一度ハマったものはとことんのめり込む習性があった。

音楽は決まったアーティストしか聞かないし、身につけるスポーツ用品もほとんど同じメーカーで揃えている。

そしてその習性の、最たるものが野球だ。
父親の勧めで入った少年野球クラブで捕手の魅力に取り憑かれ、気づけばプロとして好きな野球を仕事にしている。

この道を進んだことに後悔はない。

けれど俺のように博打な職に就く男より、彼女には、堅実で安定した職業の男が相応しいとも思う。

ただ、彼女が笑っているならそれでいい。
俺の知らない場所で、知らない男と幸せになってくれれば。

それでいいと、本気で思っていたのに。
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