蜜月は始まらない
ともかく、花倉が一体どうしたというんだ。

俺は内心性急に問いただしたい気持ちをぐっと堪え、無言の視線で話の続きをうながす。



『なーんか女連中で固まって、花倉さん中心に話し込んでてさ。気になってちゃっかり混ぜてもらって聞いたら、花倉さん少し前、結婚の約束までしてた彼氏に浮気されて別れたんだって』

『は、』



ひゅ、と思わず息を止めた。

……浮気?
されて、結婚までいく予定だった男と、別れた?

花倉、が?



『そんで今日は偶然、会社で同じ部署の女の子が上司と不倫してるって噂も聞いてさー。そういうエグい話、意外と周りにゴロゴロしてるもんだなあって、思ったわけ』



手にした焼き鳥の串をぷらぷらと振りながら、友人は顔をしかめている。

浮気。不倫。
愛妻家で子煩悩なこの男にしてみれば、到底理解できない話題なのだろう。

そして、俺はといえば。



『……ふぅん。そうなのか』



たいした興味もなさそうな声音でつぶやきながら、自然と緩みそうになる口もとをさりげなくグラスで隠す。

ずっと想ってきた彼女の、本来なら不憫がるべき話を聞いて、俺の胸にわき起こったのは仄暗い歓喜だ。

幸せを願っているくせに、花倉華乃がまだ他の男のものになっていないことを知ってよろこぶなんて、矛盾している。

たぶんもう、俺のこの気持ちは“恋”と呼ぶにはいささか熟れすぎで、変に拗らせてしまっていたのだ。
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