蜜月は始まらない
一応婚約者となるその彼がプロ野球選手の柊 錫也であることは、今の時点では話さないでおいた。

彼の隣に堂々と並べる自信がない私は、どうしても積極的には錫也くんのことを口にできないのだ。



「へぇ~なんだかすごい急展開が起きてたんですねぇ~」



ひと通り私からの回答を聞いた根本さんは、感心しきった様子でブリックの豆乳飲料を景気よくストローで吸い込んでいる。

その目の前にいる私はといえば、なんともいえない居心地の悪さに身体を縮こませるようにしながら、ちまちまと自分のお弁当を口に運んでいた。



「いいなあ、同棲……ねぇねぇ花倉さん、ちなみにお相手って、どんな方なんですか?」

「え? えっと……」



瞳を輝かせた根本さんが、そんなことを尋ねてくる。

私は手を止め、少し思案した。



「優しくて……かっこいい、よ」



無難な答えかなとも思うけど、本当のことだ。

変にからかわられないようさらっと返すつもりだったのに、つい顔が熱くなってしまう。

そんな私の様子に目敏く気づいた根本さんは、含みのあるニヤニヤ笑いを隠そうともせず私を見つめている。



「ふーーーん花倉さん、ベタ惚れじゃないですかあ」

「べ……っそ、そう見える……?」

「見えますよう! あ~っいいなー私も恋したーい!!」



叫ぶように言って、テーブルに突っ伏す根本さん。

何の迷いもなく返されたセリフに、私は血の気が引く思いだった。
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