風船の中に宇宙は広がる。
沈みかけの夕日に照らされた悠。

耳障りのいい歌声とギター。

頬を撫でる風邪の感触。

終わりかけの、夏の匂い。


今感じられる全てが、心地いい。

この、感覚。

この感覚が、あの日の私を虜にしたの。


「綾。」


ふいに呼ばれた、私の名前。


「やめてもいいよ。」


それは、悠らしくない言葉。


「俺は、人を振り回すのが癖らしい。」

「癖…?」

「謝るのは、俺の方。」


そう言った悠の方に目を向けたのに、夕日が沈んでしまったこの世界は、淡く輪郭を描くだけ。
悠の表情までは、見せてくれない。


「振り回して、ごめん。綾を、自由にする。」


気ままで、強引。
それが嫌な人も、きっとこの世界にはたくさんいる。

でも、私は、


「嫌じゃないよ。」


どれだけ助けられたと思ってるの。


「悠のその癖が、どれだけ私の世界を広げたか知ってる?」


私の世界に入り込んできた悠。
まるで風船のように、私の世界は膨らんでいく。
私の風船を膨らませたのは、悠に他ならない。


「あなたは、私の世界の空気。」


あなたがいなきゃ、私の世界は萎んでしまうの。
あなたがいなきゃ、息が出来ない。

今思えば、恥ずかしい台詞を口走ってしまったと思う。
でも、この言葉こそ、相棒であることを表す最適解だと思うんだ。

悠の呼吸が震えたのが聞こえた。


「…綾は、俺の世界の風船。」


綾がいなきゃ、俺に居場所はないのかもしれない。
綾がいなきゃ、俺はどこかに行ってしまいそうだ。

そう呟いた悠の声は、小さく震えていて。
悠が本当にどこかに行ってしまうんじゃないかと、不安を覚えた。


「…戻ろう、綾!」


俯いていた悠が、顔を上げた。
いつもと変わらない、やんちゃな少年のような悠。


「…うん、戻ろう!」


悠の後ろを走ってついていっていたさっきまでとは違う。
悠の横をゆっくり歩く帰り道。

歩幅を合わせて、時折、星空を見上げる。


「悠。」

「ん?」

「…私、今自由だなって感じるんだ。」


悠に出会ってからの方が、気付かなかった自分のやりたいこと、出来ている気がする。


「これから、もっと自由を見せてやるよ。」


そう言ったあと、「ちょっとカッコつけすぎたな。」と恥ずかしそうに笑った悠に、私も笑った。


「うん、一緒に自由を掴もうぜ!相棒!」


恥なら、一緒にかいてあげる。
そう思って叫んだ言葉は、夜空に響いた。

夏の終わり、空は高く、澄んでいた。
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