風船の中に宇宙は広がる。
その日から私と悠は、他の部員より遅くまで残って練習をしていた。


「綾、テンポが少し早い。」

「ごめん。」

「謝んなくていいよ。もっかいやろ。」


悠がミスをすることは殆どなく、止めてしまうのはいつも私。
自分のミスにイライラして、そのせいでまたミスをする。
その繰り返しだった。


「あーもう、ごめん。」


思い通りにいかない。
イライラが募って、私は溜め息をつく。


「綾。」


そんな様子の私を見て、悠は私の名前を呼んだ。
怒られるのだろうか。
怒られても仕方がない。
演奏を何度も止めて、その度にイライラして。
溜め息まで、ついて。
この場の空気を悪くしていること、自覚している。
今までいくら優しく教えてくれていた悠だって、さすがに今回は。


「…ごめ、」

「外、出よっか。」


謝ろうとした私の声と重なった、悠の声。
その声は、怒気を含んだようなものではなく。

恐る恐る顔を上げると、悠もこちらを見つめていた。
細められたやんちゃそうな猫目、緩められた頬。
優しい、優しい笑顔。


「…うん。」


私の返事に、悠は「よし。」と呟いて立ち上がる。
なぜか、ギターを背負って。
私もその後ろをついていった。


「どこ行くの。」

「いいところ。」


薄暗い廊下。
二人の足音が響く。
日はもう暮れてしまいそう。

学校を出て、階段を駆け降りて。
追いかけっこのように、私たちは街を走り抜ける。


「猫になったみたいだ。」


呟いた悠の表情は、暗くてよく見えなかった。

でも、分かる気がする。
目的もなく走るのはいつぶりだろう。
なぜか、自由を手に入れたような気持ちになる。


「着いた。」


悠を追いかけるのに必死だった私は、周りを見渡す。


「ここ…。」


そこは、悠に出会った公園だった。


「久しぶりだな、来るの。」


高校に入ってからは、練習場所は学校になった。
だから、ここに来ることもなくなっていた。


悠は噴水に腰掛け、徐にギターを取り出す。


「誰もが星空を見上げたって僕らは下を向いていよう」


そして、この曲は。
あの日、悠が口ずさんでいた曲。


「誰も気づかない水溜まりの中の宇宙 そんな何かを探し求めよう」


前を向けとか、頑張れとか。
そんな曲じゃなくて。


「下を向かなきゃ見つけられないものがあると僕らは知っているから」


無理に変わろうとしなくたって、いいんだよって。


「水にうつる星空が掴めないこと誰が決めたっていうんだ」


誰かに価値を見出だされなきゃ生きられないような僕らじゃないんだって。


「上を向かなきゃ何も見えないなんて誰が決めたっていうんだ」


自分の信じるものを、信じていればいいって。


「君の歩いてきた足跡 僕が歩いてきた足跡」


自分の過去を、否定しないで。


「君が歩いていく道 僕が歩いていく道」


自分の未来を、悲観しないで。


「それだけ見えれば充分だろう」


そんな風に、寄り添ってくれる曲。

あの日みたいに、私は悠の歌を聴いていた。
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