おはようからおやすみを笑顔で。
そんなことを言われたら、更に緊張してしまう。
胸が締めつけられて、切なくて、だけど……幸せで。


自分の身体を、全て彼に委ねてしまいそうになる。


「斉野、くん」

無意識に彼の名前を呼び、そっと目を閉じた。


すると、彼の手がそっと私の頬に触れた。

導かれるように顔をそっと上げると、彼と目が合う。

彼は、再会してから今日までーーいや、初めて出会った時から今日まで見たことないくらいの優しい瞳をしていた。


心臓がきゅぅっと締めつけられて、息が上手くできない。


「沙耶」

彼の低い声で、名前を呼ばれる。ただそれだけのことで、ときめきが加速する。


そして、彼の唇がゆっくりと近づいてきて、私の唇に触れた。


「ん……」


私、斉野くんとキスしてる。天敵だったはずの斉野くんと……。


でも、嫌じゃない。寧ろ心地良く感じる。

彼の体温、唇の感触、全てが、心地良い。


「沙耶」

唇が離れ、もう一度名前を呼ばれるのと同時に、彼の右手が私の胸元に触れてきてハッと我にかえる。


「そ、それはまだ駄目っ!」

叫ぶようにそう言って、飛び退けるように彼の身体から離れてしまった。


「あ、ご、ごめん」

「いや、今のは俺が悪い。ごめん」


なんとなく、気まずい空気が流れてしまう。

そんな雰囲気をなんとか打破したくて、
「あっ! 今更だけどお茶菓子があった気がする! コーヒーのお代わりもいるよね!」
と、努めて明るく振舞おうとするけれど、おっちょこちょいの私は肝心なところでミスを連発するのがお約束。手が滑ってマグカップをテーブルの上でガチャーンとひっくり返したり、焦ってテーブルに自分の手をガッッと強打したりして、「きゃっ!」「痛いっ!」と、一人で大騒ぎしてしまう。
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