戦乱恋譚
顔を上げた伊織と、至近距離で交わる視線。まつげを伏せた彼に、口づけの予感がした。
ゆっくりと重なる唇。宝物を扱うような優しい彼の手が、私を撫でた。彼の長い指が髪をとく。
「…もう、自分の気持ちを隠すのはやめました。貴方が俺にくれた未来を、大切にすると決めたから。」
「…!」
「だから、今度こそ本物の夫婦として、共に寄り添ってもらえませんか。」
白銅の瞳が、まっすぐ私を映す。しぃん、とした部屋の中で、彼の声だけが響いた。
「貴方の全てを、俺にください。」
それは、最高級のプロポーズだった。彼から紡がれた言葉は、何よりも私の胸を締め付ける。
首筋にかかる吐息。擦り寄るように彼の頰が肌に触れた。ちゅ…、と軽く耳に口付けられ、ぞくり、と体が震える。
その時。耳元で伊織が呼吸をした。色香と熱を帯びた低い声で、甘く囁かれる。
「…俺に愛される覚悟はありますか?」
「!」
断るはずがない。私はずっと、そうなりたいと思っていたのだから。私は、返事の代わりに伊織に口付けた。触れた先から、熱が伝わる。
目があった瞬間、つい笑みが溢れた。全てを察した伊織も、嬉しそうに目元を緩める。
…ずっと、私たちは偽物の関係だった。そこには気持ちなんかなくて、ただ“夫婦のフリ”をしていただけだった。
だが、この瞬間から、全てが変わる。
「…華さんに初めて触れるときは、大切にしようと思っていたのに…」
彼が、わずかにまつげを伏せて、ぼそり、と呟いた。それが、強引に唇を重ねたあの夜のことを言っているのだとすぐにわかる。
「伊織にだったら、何されてもいいよ。」
「…またそうやって煽るんですね。」