Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
夜が明ける前の薄暗い街を、両手に荷物を抱えた千紗子は駆ける。
口からは白い息が次々と上がり、顔に当たる空気が痛いくらいに冷たい。けれど千紗子はそんなことはには気にも留めずに、何かに追われるように走る。
静かな路地には千紗子の靴音だけしかせず、誰かが追ってくる気配はない。千紗子は決して振り向いてはいけない気がして、前だけを見つめて必死に足を動かした。
慣れない疾走に息が上がるころ、千紗子は一軒のマンションに到着した。
昨日一度来ただけの部屋の鍵を開けて、部屋の中に転がり込むように滑り込む。
靴を脱ぐこともなく玄関に両手両膝を着いた千紗子は、荒い息をついてゴホゴホと咽込んだ。
フローリングに着いた手と手の間に、ポタポタと水滴が落ちる。
両目を見開いてその染みが増えていくのを千紗子は見つめた。
水玉模様が重なってただの水の塊になった時、千紗子の中で何かがパチンと弾けた。
「う、う~~、うっく…ううっうううううっ~~~っ」
玄関で体を丸めたまま溢れ出る涙を流して嗚咽を漏らす。
しばらくの間、千紗子はそうして泣き続けた。