Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
「千紗っ!」
千紗子の腕を掴んだのは、一週間前に別れた恋人だった。
「ゆ、裕也!」
千紗子の腕を掴んだまま黙っている裕也の顔は、ショッピングモールで出会った時の険のあるものではない。
千紗子を引き留めているのは彼なのに、千紗子と目を合わせようとせず視線が泳がせている。彼の人柄を現したような上がり気味の眉が、今は少しだけ下がっていて、どこか頼りなく見えた。
(裕也……?)
千紗子はそんな表情をした裕也を見た記憶がなかった。
付き合い始めてから三年間、ずっと裕也は自分の行動に自信を持っていて、自分の希望や要求をはっきりと千紗子に伝えてきた。
千紗子自身もそんな裕也を頼もしいと思っていたし、誰かを引っ張っていくような行動力がある彼のことを好きだったのだ。
だから今目の前にいる裕也の態度が、不思議で仕方なかった。
「千紗、俺……。」
裕也は何かを言いたそうにしているけれど、口をもごもごとさせるだけで続きをはっきと話さない。
けれど千紗子の腕を掴む手にはしっかりと力が込められていて、千紗子は、彼が自分に何か伝えたいことがあるのだ、ということを感じ取った。
「裕也。ここじゃ寒いから、あそこに入ってもいいかしら?」
千紗子は掴まれているのとは反対の手で、すぐそこにあるコーヒーショップを指差した。
千紗子の控えめだがしっかりとした声色に、裕也がハッと顔を上げた。
二人の視線がこの時初めて重なったのだった。