Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
 「なんで……」

 千紗子の口から出た言葉は、とても中途半端なものだった。

 膝の上のスカートをギュッと握る。

 雨宮に言われた通り、千紗子は自分の思っていることを口に出すことが得意ではない。
 相手が色々と尋ねてくればそれに応えるような形で、自分のことを話すのだけれど、千紗子から積極的にそれを話すことは難しい。
 ましてや雨宮は自分の上司だ。
 美香のように打ち解けた間柄になると、自分から話をすることが出来るけれど、それだってマシンガンのように話しまくるというほどではなく、どちらかというと控え目な部類に入るだろう。

 「なんで、ここに連れて来たかって?それともなんで、ゆうべ俺が千紗子にした、」
 
 「いえっ!!…その、えっと…」

 千紗子は、雨宮の続けようとした言葉を遮るかのように慌てて口を開いた。けれど、なんて言葉を繋げたら良いのか分からずに、再び口を閉ざしてしまう。

 「ゆうべのこと、どこまで覚えてる?千紗子。」

 「どこまで…」

 「駅からタクシーに乗って千紗子のマンションまで一緒に行ったことは覚えてる?」

 千紗子は首を縦に振る。

 「その後USBを取りに行ったこと」
 
 もう一度首を縦に振る。

 「じゃあそのあと……」

 スカートを握った千紗子の手に、強い力が入る。
 雨宮が続きを言う前に、千紗子は首を同じ方向に動かした。

 「そうか…それは辛いな。」
 
 低い声がそう呟くのが聞こえて、千紗子の瞼が熱くなる。目に水っぽくなっていくのを感じた千紗子は、首をフルフルと左右に振った。

 「じゃあ、………マンションを飛び出した後のことは…」

 バリトンの声が、躊躇うように言葉を濁す。

 (雨宮さんが知りたいのは、私が彼との夜を覚えてるのかどうか…)
 
 千紗子は、瞳をギュッと閉じて隣に座る雨宮の方へ体を向けると、深々と頭を下げた。

 「本当にすみませんでした。」
< 48 / 318 >

この作品をシェア

pagetop