天満つる明けの明星を君に【完】
「あいつちょっと本気出しすぎじゃね?俺お前の相手で精いっぱいなんだけど」


「嘘つくな。天満は俺の手助けをしたいって思ってくれて、強くなろうって決めたんだ。だからお前も本気で天満に教えろ」


「はいはい」


庭では毎日雪男と朔が鍛錬している様子を見ることができる。

本当はもっと自分にも時間を割いてほしいのだが、次代の当主である朔の鍛錬が最優先であるため、天満は祖父の安倍晴明から借りた本を陽の当たる場所でじっくり読んでいた。


「ねえ天ちゃん、明日お客様が来るから母様とお買い物に行かない?」


「お買い物?行きますっ」


大好きな母から買い物に誘われて喜んだ天満は、早速本を閉じて立ち上がると、母の息吹の手を握った。


「朔ちゃん、雪ちゃん、ちょっとお買い物に行ってくるね」


「おう、気を付けて行けよー」


「天満、母様を頼んだぞ」


「はいっ」


仲良く手を繋いだまま屋敷を出た天満は、あまり外出を許されていないため時折こうして息吹と出かけることが大好きだった。

この幽玄町という広大な町で自分たちに悪さを働く者は居ない。

何せ父は――いや、もうずっと前から我が家はこの町を仕切っていて、人と妖が唯一共存できている稀有な町だ。

その秩序を守るために朔は腕を磨き、父は毎夜百鬼夜行に出て朝方まで戻って来ない。

帰って来た時…血の匂いがして、気付かれないようすぐ風呂に入る父の姿を毎日のように見てきている。


「ねえ母様、僕たちは昔は人を食べていたんですよね?」


「うーん…食べてた鬼さんも居たかもしれないね。でも天ちゃんは駄目だよ、天ちゃんの半分は人でできてるんだからね?」


「食べたいなんて思ったことありません。僕、朔兄とみんなでこの町の人たちを守っていきたいな」


「うんうん、朔ちゃんもとっても喜ぶよ」


優しく頭を撫でられて照れていると、町の住人たちが次々と笑顔で頭を下げてきた。


人に受け入れられる妖――

百鬼夜行の成り立ちに疑問は持てど、町を歩けば守らなければならないものが目に見えて分かり、気が引き締まる。


「天ちゃん、甘味処に寄ろっか」


…引き締まった気がすぐに緩んだ。
< 13 / 292 >

この作品をシェア

pagetop