天満つる明けの明星を君に【完】
それまで穏やかそのものだった駿河の顔が姿が――豹変し始めた。

全身の血管が浮き立ってどす黒くなり、普段は隠されている二本の角が額から突き出ると、真っ赤な目で雛菊を見据えて鋭い爪の生えた手を伸ばした。


「その腹の子は…天満様…天満の子か…!」


「…っ!」


「私は…私はそうだ…あの男と戦って…ああ思い出した…!谷底に落ちて命からがらなんとか助かって…洞窟に逃げ込んで、ずっと寝ていて…仮死状態だったんだ…」


「す…駿河さん…っ」


「記憶がなくなって…お前の元に戻らなければということしか頭になくて…それが…それが雛菊…その間に、こんなことになるなんて…!」


駿河は両手を広げて何かを抱えるような仕草をしながらよろよろと雛菊に近付いて行った。


あの手で腹に触れられてはいけない――


頭はそう警鐘を鳴らしているのに、あまりの恐怖に一歩も身体が動かない。

…暴力を振るわない時の駿河は本当に穏やかで、優しい男だった。

愛されているといつも感じていたけれど、それに応えられず子も産めず――この男を苦しめていたのは、自分だ。

けれど、父を殺された。

そんなことがなければこの男と夫婦になることもなく――違う未来が開けていたかもしれなかった。


「あなたとは…あなたとはもう離縁しました!今の私は…私は天満さんの妻!駿河さん、お願いだからこれ以上罪を重ねないで!」


一瞬駿河がぽかんとした。

そして意味を噛み締めて――真っ赤な目からみるみる赤い血が…涙が溢れ出ると、雛菊はようやく一歩後退ることができてさらに叫んだ。


「この子は天満さんと私の赤ちゃんです!お願いだからもう私に関わらないで!」


「雛…菊…」


言えた…

ようやく自らの意思で本音を言えた――そう安心したのも束の間だった。


「きゃ…ぁっ!」


変異したどす黒い手で、腹を掴まれた。

身体の奥からずきんと痛んで顔をしかめた。


「許さない…!お前は私のものだ…!私との子ではない子など、産ませるものか!」


駿河の爪が腹に食い込み、無我夢中で叫んだ。


「天満さん…っ、天満さん、助けて…っ!」


この子を、助けて。

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