天満つる明けの明星を君に【完】
「さて、と…」


生前雛菊は駿河と離縁した後ほとんど私物をこの家に運び込むことがなかったため、遺品はとても少なく、ただいつも鏡台の前で薄化粧をしていたことは知っていたため、その前に座ってみた。


「わあ…僕…ひどい顔をしてるなあ…」


あれだけ寝たというのに目の下にはくまができて頬もげっそりしているように見えた。

大切な者を一気にふたりも失い、産まれてくる子をふたり楽しみにしながら待っていた日々が昨日のことのように思えるのに、現実は――


「雛ちゃん、君が転生してくるのはいつかなあ。明日?明後日?七日後?ひと月後?一年後?それとも…」


悠久の時がかかることは覚悟していた。

だがこの身は幸運なことに脆くはなく、ゆっくり雛菊を待っていられる。


「僕は半分人だけど、それでも人よりは随分長く生きていられるんだ。でも逆に言えば君とまた出会うまで、どうやって過ごそうかなって今途方に暮れてるよ」


――引き出しを開けてみた。

ありとあらゆる場所に出かけて行っては立ち寄った町で買ってやった櫛や簪がきれいに並べられていて、思わず涙が零れた。


「きっと僕は数えきれないほど泣くよ。だけど許してほしい。君は…君と娘はそれだけ僕の生きがいで、かけがえのない存在だったんだから」


無理矢理だったが、笑顔を作ってみた。

鏡台に映るその顔は歪んで見れたものではなかったけれど、永遠に雛菊を失うわけではないという一存が天満に生きる力を与えていた。


「さて…お腹が空いた気がするからご飯を作ろう。今日は寒いからうどんにしようね」


ふたり分と、小さな碗にもうひとり分のうどんを作って燭台に並べて食べた。


天満は――


幽玄町に戻るまでその慣習を続けた。
< 286 / 292 >

この作品をシェア

pagetop