想い花をキミに
ドアが使えないのであれば、残る道は一つ。

私は男をにらみつけたままゆっくりと後ずさりすると、近くにあった置き時計を力いっぱい投げつけ、急いで窓の錠を外して外の世界へ飛びこんだ。

迷いなんてなかった。

鳥みたいに自由に飛べるわけじゃないから、
ましてやよく耳にするようにゆっくりと落ちていくわけでもないから、
私は二階から一気に落下した。

運が良かったのは落ちたところが茂みだったこと。
降り積もっていた雪もクッションになったみたい。
でも近くの植木鉢やら何やらが落下した衝撃で壊れて右腕が切れた。
打ち付けた背中も痛い。
朦朧とする意識。ぼろぼろの体。
それでも必死に立ち上がり走った。
走れていたかどうかは分からないけど、重い体を引きづるように必死に。
とにかくこの場から離れなきゃ、その思いでだけで力を振り絞り走った。

「行かなきゃ......」

目指す場所は一つ。
途中何度も転んだし、意識も失いそうになったけど、
目的の場所へと向かう歩みを止められなかった。

あの日私はあそこで死ぬはずだった。
でも、偶然出会った救世主に助けられてしまい、今もどうしてか分からないけど彼に向かっている自分がいる。
このまま力尽きるとしても、せめてもう一度彼に会いたい。

「あと少し、あと少しなのに……」

公園のベンチが見え始めたというところで、私の足がその力を失い始めた。
自分の体重を支えきれずにその場にうつ伏せに倒れこんだ。

歩く力はもうほとんど残っていないみたい。
目的の場所がすぐそこに見えるのに……
届かない。

私は最後の力を振り絞って公園に手を伸ばした。

閑散としたクリスマスの夜。
誰もが幸せそうに家族や恋人と寄り添って過ごしているはずの時間。
人一人居ないこの道で、私の存在に気が付く人は誰もいない。

伸ばした手が、力なく雪の上に落ち、そんな私を隠すかのように、新たな雪が降り積もろうとしていた。




< 28 / 211 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop