うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
12そして再びあの部屋へ
だからって何でまたここに来たんだろう。
何も考えてないのに。
考えるのが面倒になったから、・・・そんなはずないし。

覚えていた部屋番号を押して、オートロックを開けてもらった。

「こんにちは。」

取りあえずそう言ったのに何も言われず、ただガチャっと音がしただけ。
エレベーターに乗りながら既に後悔してる。

昨日一往復半もした駅までの道のり。
あっさりここまでたどり着いた。
迷うことも間違うこともない。

玄関でしばらくドアと見つめ合った。

これでドアスコープからのぞかれてたりしたらすごく間抜け。

まっすぐドアと見つめ合ったままボタンを押した。

すぐそこにいて覗いてたってことはないみたい。

足音がしてゆっくりドアが開いた。

「こんにちは。」


また同じ挨拶をした。やっぱり返事はなかった。

でもその顔は酷く疲れていた。
赤い顔、あれからもお酒を飲んだみたい。お酒臭い。

すごくけだるく、面倒そうな顔になってる。

「すみませんでした。満足にお礼も・・・・・せずに帰ってしまいました。」

それでも言葉が返ってくることもない。
開けたドアの取っ手に手をかけて、もたれる様に立っている。

「ちゃんと考えて、返事をするように言われました。」
「誰に?」

そこはすごく反応が良かった。
やればできるじゃん。
もしかして会社の人とか、そう思ったんだろうか?

「弟に、相談しました。いつも、いろいろ聞いてもらってたので。」

「ふ~ん、仲がいいんだ、弟ね~、いい弟だね。」

やたらと弟を強く言われてる、信じてないのかも。
何でそこだけ嘘をつくと思うのか分からない。
弟以外だったら男でも女でも友達というのに。

「私がいい姉なんです。」

強く言った。

やっぱり笑顔とは程遠い表情。
ちょっと上から見ろしてる感じで、とても数時間前に好意を告げられたとは思えない。
もしかして気のせいだったとか?
ビール二杯で酔ってしまっての幻聴だったとか?
だいたい全然中に入れてくれる気配がない。

追い返されるなんて、想定もしてなかった。

「こんな玄関先で言い合うのは嫌なんじゃないんですか?夜じゃなくてもお隣に迷惑です。」

やっぱり可愛い後輩にもなれないで、昨日注意されたことを言ってみた。

「ふ~ん、勝手に二回も出て行って、今度は中に入りたいの?」

そう言った顔が意地悪な顔だったら、お腹を殴って黙らせたりもしたのに。
相変わらず無表情に近い表情で。
怒ってるらしい。
自分の実力行使を棚に上げて怒るとは自分本位な奴。

それに自分はあんなに話を切り出すタイミングを計っていたのに、それに対する私の返事はたった一度のタイミングしか許されなかったらしい。
もう、タイムアウトだってことだ。

全然、いらないらしい。



「分かりました。何度もお邪魔してすみませんでした。今度こそ失礼します。」

顔をあげて目を見て言い、後ろに下がった。

いきなり手が伸びてきた。
あんなりだるそうにしてたのに、そんな機敏に動けたんだと思ったほどの感じだった。
掴まれた手首を引っ張られて、あっさり中に入れてもらった。

背後でドアが閉まった。

「悪い、ちょっと、・・・酔ってるから。」

「酔っていても、それが本心なら、・・・・いいです。帰ります。」
「違う。本当は・・・・嬉しい、上がって欲しい。」

腕を離された。
数歩廊下を下がり、待たれた。

いままでならさっさと背中を向けるのに。

じっと見られてる。


玄関の鍵をして、靴を脱いだ。

「お邪魔します。」

数歩歩いたらやっと先を歩きだした。


どうしてすんなりいかないのだろう。

私は先に謝ったのに。

大人の癖に、酔ってるからって、後輩に冷たくするなんて。

向けられた背中にやっぱり愚痴ってしまう。

リビングはカーテンがひかれて真っ暗で、音楽が静かにかかってた。
テーブルにはビールの空き缶が六本と何かの空き瓶が倒れていた。

お酒臭い。

あのビール缶の二本は私の分だろうか?
不健康な景色と会社での姿からは想像できない雰囲気。

ソファに座った石橋さんを無視して窓辺に行ってカーテンを開けて、窓を開けた。
空気が動くのを感じる。

ピーナッツはそうでもないけど、イカの袋がずいぶんスカスカしてる。

あれから三時間ちょっと。
わざわざカーテンまで締め切って飲んでたらしい。

「いつまでそこにいるの?こっちに座れば?期待には応えないよ、酔ってるからね。」

笑ったのだろう。笑顔にはなってなくても片方の口角は上がった。
そう言って背もたれに背中を押し付けるようにして、天井を見て目の上に手の平を乗せる。

「具合悪いですか?」

「そうだね。」

「お水持ってきます。」

「そんなの必要と思ってるの?せっかく帰ってきたのに、時間を無駄にしなくていいよ。」

さっき来てくれて嬉しいと言われた気がするのに、酔っているからと言って何でも許されると思ってる?

無視して水を持ってソファのところに行く。
気配に少しだけ手をずらして私を見た。

ボトルを差し出しても受け取られず。
キャップをゆるめて、差し出した。

そこまでしたら折れたらしく、手を差し出してくれた。

ふんっ。

思わず満足感を感じた自分ごと、鼻息で吹き飛ばした。

隣に座ったまま、話をし始める訳でもなく。
話がある、別にそうは言ってない。
ただ、和央から言われたことを馬鹿正直に伝えてしまったから、私が返事を伝える番だとは思う。

・・・まだ決めてない、まだ分からない。

とりあえず、そう伝えようと思った、そうとしか伝えられないとも。



「いつも、三人と飲んでて楽しいらしいね。何話してるの。」
水を飲んだ後、だるそうな表情と姿勢で聞いてくる。

「仕事の面白いネタとか、美味しかったものとか、それぞれの彼女の話とか、デートで行ったところとか、別に普通です。」

「男三人といても全く違和感がないって聞いたけど。」

「ないです。平等に割り勘です。お酒も同じくらい飲むので当然です。」

どうせ迫田君辺りから聞いたんだろう。

「それが何か?」

「別に、聞いただけ。」

やっぱり朝の出来事からすべてが幻聴で、少しだけ触れ合った記憶ごと幻覚なんじゃないかと思えてきた。
思わず眉間にしわが寄る。

だいたいこんなに酔っていて、まともな会話も難しいだろう。
昨夜の私より酷いのは明らかだし。
日を改めても何も言われまい。

「やっぱり、酔いすぎです。話は、また今度でいいです。お酒は終わりにして、お水を飲んで休んだ方がいいです。」

そう言って立ち上がり、荷物を持つ。

「そうやってまた勝手に帰るの?二度ある事は三度あったってことか。自由だね。」

「話にならないじゃないですか。だいたい、話をしたい風にも見えないです。お邪魔なら消えます。本当はどうでもいいです。酔っぱらって時間を無駄にしても私には関係ないです。石橋さんこそ、ご自由にどうぞ。」

そう言った。

やっぱりあれは幻覚だったのかも、慣れない場所での迎え酒のような朝ビールに脳がやられたのかも。

元通りカーテンをひいて暗くしてやった。

「勝手に期待させて、また背中を向けて、若いっていいね、気まぐれに振舞えて。」

お前が言うか?
だいたい十も年上だと言うならそれらしく大人の姿を見せて欲しい。
結局今までちらりとも見せてもらってない。
会社で偉そうに説教する時だけじゃないか!

まったく、全然だ。
都合のいい時だけ年上ぶって。

「石橋さん、先輩ながらまったく年上に見えてません。」

「あんだけ毛嫌いされたからね。」

「結果そうなった原因は先輩の方です、それは反省してくれたんだと思ってました。」

「したけどね。」

けど・・・・?
けど、なんだ?

「まったく歩み寄ってくれないんだ、これがまた。」

「ここにまた来たことは、そうは取ってもらえないんですか?」

「すぐ帰るっていうし。」

面倒な奴だ。
だから、もっとしゃんとしてたら、私だってもう少し話をしたいと思ったのに。
そんな状態で何が出来る?

「・・・・ううっ、気持ち悪い。」

演技まで始めた。
引き留めたいなら、帰らないで欲しいと言えばいい。
腕をつかむほどの元気がなくても、せめて、そんな言葉でもあれば。
あれば・・・・・・。
そう思ったら結構な勢いで目の前を走り抜けた。

トイレに入って、まさか本当に吐いてるなんて。

立ち尽くしたまま、トイレから聞こえる声を聞いていた。

荷物を下ろしテーブルを片付ける。
缶と瓶を持ってキッチンへ。
おつまみの袋を閉じてまとめる。
ゴムなんて見つけられず。重ねて空き缶、瓶の横に置いておいた。
キッチンペーパーを濡らしてテーブルを拭いて。

トイレを流す音がして、そっちに行く。


「大丈夫ですか?」

「・・・・ぁぁ。」

ノロノロと歩いている。
バスルームで口をゆすいだ石橋さんがソファに転がる。

「薬は?必要なら買ってきます。」

ソファの下に座り込んで聞く。

「そこにいて。」

聞こえた、でも、もう一回、言ってほしい気がしたから。

「何ですか?」

分からなかった振りをした。

「側にいて。」

手を握られた。
顔はソファに埋まり気味で良くは見えない。
カーテンを閉めて暗いし。

絡みつかれたように手を取られて、そのまま、近くにいた。

「情けない。」

反省したらしい。

「本当にそうですね。」

そう言ったら目が開いた顔が見えた。

「そこは、そんなことないですとか、大丈夫ですとか。もっと言い方あるよな。」

「私がどう言いつくろっても、自分が一番分かってるじゃないですか。」

まったく手のかかる。
駆け引きなんて必要ない所で無駄に駆け引きをしようとするのは止めて欲しい。
だいたい具合悪くて余裕がないくせに。

握りしめられた自分の手を見る。

「それでも、本当にうんざりしたら、この手を振り払ってでも帰ります。」

だからここにいるのは、私がいたいからで、手がかかる情けない奴とは思っていても側にいるのだから、それは、そういうことだと思う。

「薬はいりませんか?」

「いらない。」

「少し寝たら、スッキリするかもしれませんよ。」

「いい。」

そう言いながらも目を閉じて横になったままだった。
少し寝入ったら手をひこうと思ってるのに、寝てるわけではないようで。
さり気なく腕をひこうとすると力をいれられて、逆に引き寄せる。

諦めて、動けない時間を有効に使おうと思ったけど、何もすることがないのは同じだった。
手の届く場所にバッグがない。携帯もない。
音楽だけがさっきから流れている部屋で、ぼんやりするしかなかった。


「ベッドで寝た方が良くないですか?」

「別に眠くない。」

そうは見えないですが。

「私が居ると休めないですよね。」

「どうしても帰りたいんだ?」

そういう質問じゃなかっただろう。
深読みし過ぎだ。

「起きる。」

「別に無理しなくても。」

起き上がった顔はだるそうだった。
「酒臭い。」

まるで私がそうだと言わんばかりですが、自分のことじゃないですか。

「シャワーでも浴びてすっきりしたらどうですか?それでも目が覚めなかったらちゃんと休んでください。」

「シャワー浴びてる間にいなくなるつもりとか?」

はぁ~、アホなことを。

「そのつもりはないです。」

目を見て伝えた。

「じゃあ、そこにいて。」

そう言ってノロノロと立ち上がりバスルームに引っ込んだ。
その間にまたカーテンを開けて、空気を入れかえて。
ソファに座りバッグを引き寄せる。


やっぱり、言いたい、吐き出したい、相手はもちろん。
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