うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
14初めて、やっと、褒められたけど
だって、先に目を閉じたのは私だった。

朝のがご挨拶程度だったと思えるようなキスを。
深く、長く。
息が出来なくても離れなくて、甘えるような息遣いをしながら体ごと寄せた。
ゆっくり後ろに倒れて、体をくっつけても顔は離れることはなくて。
器用に自分の肌に吸い付く唇を感じて、声が出る。

裾を捲られて、手も肌に吸い付くように目的をもって動き回る。
下着の締め付けをゆるめられて、大きな手に包み込まれて、さすがに目が開いた。
自分でカーテンを開けたから明るい昼のリビング。

「寝室に連れてって。」

「せっかくだから、甘い声で、お願いくらい、つけろ。」

耳元で言われた。
命令口調が偉そうだけど、言い返す気持ちも起きない。

「早く・・・・寝室に連れてって、お願いします。」

しばらくして、顔が離れて、手を取られた。

二人で走りこむように寝室に行って、ベッドに向かう。
思ったより広い部屋に大きいベッドがあった。
そのわきで服を脱がされて、下着だけの姿でシーツにもぐりこんだ。

さっき見た上半身なにも着ていない姿。
暗くてさっきつけた手の平の後は見えなかった。
それでもよくは確かめられなかった。
くっつくようにして、自分から肌を合わせてしまって抱き合ったから。

「可愛いな。ようやく抱けた。誰かにとられないか、心配だった。」

そんな気配少しもなかっただろうに。

「もっと。」

「何?もっと早く告白しろって?」

「ちがう、もう、あとで聞く、お願い。もっと。」

何度もお願いして、欲しがって甘えた。
そのたびに可愛いと褒めてくれた。
やっとだ。

初めてで、やっと。

ただ、味をしめたのか、わざと言わされてる気がして。
じらされるたびに、叫ぶようにお願いしたのに。

最終的に噛みつくと言う実力行使がきいて、怒りながらもお願いを聞いてくれた。

これってあり?普通?

さすがに和央にも聞けない。

ぐったりと湿ったシーツに沈み込んだ。


元気になったらしく、さっさと始末をして抱きしめられて。
褒めてくれながらも、最終的に言われた感想は。

『お前は獣になるんだな。』と。

誰のせいだ。

最後に一回噛みついたくらいなのに。
それだって望まれたような甘噛みだから。
痛っ、なんて小さな悲鳴しか上げなかったくせに。

ああ、なんで幸せな気持ちの中でもこんなに愚痴が浮かんでしまうんだろう。
おかしい。

それでも体も心も、素直に抱き寄せられた体にくっついた。
暖かさと大きさにもたれる様に意識を手放した。



なんとなく目が覚めるころ、夢うつつに、首筋に痛みがあって、思いっきり払った手が何かに当たった。

多分その何かが声を出して、離れたんだと思う。

代わりにおでこに軽い痛みが走った。
ゴチッて言うくらいの痛み。

それで完全に目が覚めた。

目の前に天敵の顔があって一瞬パニックになったけど、予想もしない笑顔を見せられて、逆に冷静になれて、思い出した。

『ああ、こうなったんだった。』

そう単純な結論だけを思いだした。

「あ、今、何時ですか?」

少し体を起こして時計を探そうとしたら、体を押さえられた。

「何でそうすぐに現実的になれるんだ?ちなみに夜の7時。」

時間が分かってホッとした。土曜日の夜七時。あと少しならいい。

「まさか帰る気じゃないよな?帰さないよ。」

「泊まるつもりで来てないです。」

「それの何が問題?猫でも飼ってるとか?明日大切な用事があるとか?」

「猫はいない、用事もない。」

「じゃあいいよな。出来たら、今晩も泊めて欲しいとお願いされたいんだけど。」

「・・・・・。」

「離れたくないとか、もっと一緒にいたいとか、付け加えてくれてもいいけど。」

「・・・・・。」

「無理ならいい。後ででいい。」

後ででも言わないと思う。

「絶対言うから。」

そう笑顔で予言された。

「じゃあ、真面目な顔で言ってくれればいいじゃないですか。今夜も帰したくないって、一緒に明日までいたいって。」

「ふ~ん、帰さないよだけじゃ、満足できないんだ。」

「真面目な大人顔で、言われたいんです。」

「もちろん、まだまだいっぱいしたい。絶対帰さない。無理って言うくらいする。今夜の時間も大切に使いたい。明日も一緒にいたい。」

本当に真面目な顔で言われた。
余計なことを挟んでる。
恥ずかしい奴め。むしろ真面目な顔でとお願いした自分が恥ずかしくなる。

「そんなに照れなくても。同じことだし。」

そう言って見下ろされた。

「あんなにさっきは欲望に素直だったのに。普通の時は口が悪いし、想定外で興味深い。」

これ以上喋らせても恥ずかしい思いをするだけだから。
引き寄せた首に顔を埋めるようにキスした。

ただ、それは都合よく始まりの合図にされたらしい。
さすがに噛みつくことなくやや甘めのトーンで終了。

「可愛い、可愛い、面白い。」

褒められて喜んだのに、最後のはなんだ?

「・・・・・面白いって、何が?」

力なく聞く。

「一度指導しただけでちゃんと矯正される素直なところが可愛い。ちゃんと甘くお願いしてくれるし、本当に反応が素直だよな。いいなあ。」

頭を撫でながら満足してる。
普通の時の小生意気さはどこへやら、小さく言われたのも聞こえた。

指導って何だ?と思った。
それは今までの彼女と比べてるセリフじゃない?
デリカシーのなさか。
でも、先を行く十年分の人生の中身に嫉妬しても仕方がないから、諦めた。




「石橋さん、本当に最初にそう思ってくれたんですか?弟に何かきっかけがあったんじゃないかって言われて、私はまったく記憶にないですけど。」

「別にない。ただ、すぐに気に入った。気になってよく見てた。」

「誰か、気がついてないですか?迫田君が昨日年上がいいんじゃないって言ってきたんですけど。」

「・・・・・。」

まさかバレたの?
さすがに恥ずかしくない?大先輩が自分の同期に・・・・とか。

「あいつ鋭かった。昨日ちょっと話を聞いただけなのに、さり気なく俺にも勧めてきた。」

「ハッキリとは言われてないですか?」

「ない。」

何でだろう?
今まで言われたことなかったし、昨日気がついたのかも。
この後も観察されそう、きっと、その内バレるだろう。
それは自分からじゃない気もしてる。

「同期じゃなくても、他の課の女の人とかは?」

「社内で付き合った女性はいない。」

「そうですか。」

比べられた中に社内の人がいないならいいとしよう。

「じゃあ、こっちも聞きたいんだけど、噛みついてまでおねだりした人は?」

「いません。そんな意地悪な人は、いません、でした。」

語尾が小さくなった。

「欲しいって言えばあっさりもらえたんだ。おねだり上手だったんだ。それとも男の我慢がきかないくらいだったとか?」

「・・・・また喧嘩したいんですか?」

「ちょっと言いたかっただけ。」

「私は諦めました。十違うから、それなりにいろいろあっただろうから、社内にいないならいいかって諦めましたよ。私の短い青春にそんなにいじられるようなものはないです。無駄なことです。」

「分かった。」

「はい。」

最初から素直に聞いて素直に納得すればいいのに。面倒な奴、もう何度もそう思ってる。

「弟一人?他は?」

「いないです。姉弟の二人きりです。ちゃんと信じてますか?さっきは疑ってましたよね。」

「う~ん、まあちょっとだけな。で、これも報告するの?」

「もちろんです。ずっと相談してたから、今日中に連絡しないと明日の夜に嬉しそうに聞かれます。きっと、そう思ってます。」

「そうなんだ。会ってみたいかも。姉の恋愛相談にのる弟君。似てるのか?」

「似てるみたいです。でも・・・・・・あんまりいい印象はないと思います。」

「何で?」

「だから、もう最初っから、ずっと相談してました。愚痴とか文句とか思いっきり、はい、言ってました。」

「それは、まさかご両親にも伝わってたりするのか?」

「多分大丈夫です。親には言えないから、弟に聞いてもらってました。」

「今すっごく反省した。本当に悪かった。ごめん。」

「もういいです。これからも普通でいいです。今まで接触もなかったんだから、会社ではそのままで。」

鬼門は鬼門のまま。うっかりがないように。

「今、会社では話しかけるなって太い釘をさしたんだよな?」

「はい。抜けないものを一本。」

「ふ~ん。」

視線をそらしたまま、何故か人の顎を挟んでつまんでる。
まさか守らない気か、つい眉間にしわが寄る。

「まあ、いっか。」

納得するのに時間がかかったのが気になる。
そこんとこ、よろしくお願いしたい。

お腹が空いたと起きだした。
勝手に開けてはいなかった冷凍庫と戸棚から何とか食べ物を引っ張り出した。

「いつも食事はどうしてたんですか?」

「昼はちゃんと食べてるから、夜はお酒とちょこっとでいい。」

「一緒に食事に行ったら食べますよね?」

「いつでも付き合ってやる。」

「今のは誘ってるんじゃなくて、今までの事を聞いたんです。」

「そこはそうでも、うれしいです、毎日でも行きたいです!とか言えないのか?」

「今までの彼女はそんなタイプだったんでしょうが、今回は諦めてください。」

「会社じゃ普通じゃないか、明らかに今は態度が違うよな?」

「気のせいです。」

「まあ、いい。暗い時限定でも我慢してやる。」

「はいはい。」

そう言って食べたものを片付ける。
いつまでもこのままなのは嫌だから。洗うものは少しだけで、あとはほとんどがゴミ。

「今、すっごく手料理を食べさせたいなあって思ってるとか?」

「食後に弟がアニサキス並みの痛みを訴えて胃カメラを受けました。結果ただの急性胃炎、腹痛、食あたりでした。試してみたいですか?」

「そんな特技があったとは、見かけ通りだな。残念だが披露しなくていい。」

「努力はしてます。自分は食べても元気です。」

「じゃあ、恐る恐る、その内に。俺の監視下で共同作業だな。」

振り返ったら偉そうな顔をしていた。
いつも会社で見ていた顔。
ついさっきまではもっと違ったのに。

私だけじゃない、暗い所で変わるのは。

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