冷たいキスなら許さない
食べながら櫂と東山氏の設計した建物の話やご夫妻の話、出会った頃によく行った映画館の話をした。美味しいもののせいで櫂との間に流れた嫌な空気は薄れている。

「まさか、灯里と建築の話ができるとはな」

デザートのマンゴープリンをスプーンですくって食べながら櫂が嬉しそうに笑う。

「まさか、櫂と一緒に外で甘いデザートを食べられる日が来るとはね」

私も笑いながら言い返した。

「カッコつけるのはやめたんだ」櫂はニヤッと笑ってまたマンゴープリンを口に運んだ。

櫂は甘いものが好きだ。
特にバニラ系のもの。でも、外では恥ずかしいと言って絶対口にしなかった。
持ち帰りにして家で食べるのだ。

「あの頃、誰に対してカッコつけてたのかなと思うよ。若気の至りにしては痛いよな」
櫂は少し顔をゆがめたけれど、あの頃のカッコつけてる櫂も、今の素のままで一緒にマンゴープリンを食べる櫂もカッコいいと思う。もちろん、口に出したりはしないけど。

「私はね、自分があの頃ちょっといい気になってた嫌な女だったと思う。一流企業の受付嬢なんて看板背負って。受付に座っていれば、食事に、お酒にって毎日いろんな人に誘われて。かわいいとかきれいだねとか言ってもらえるのが当たり前の生活だった」

櫂がカッコつけて外でスイーツを食べなかったのとは比較にならない。

「やな女だったんだよ・・・。だから、あの時櫂が私を捨てたのは間違ってないって思う」

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