千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
我が儘を言うなんて、許されないと思っていた。

百鬼夜行を行っていた時の黎は神羅と交わした約束を守るため日々休むことなく戦い続けた。

時に病に伏し、それでも身体を引きずりながら休まなかった黎がほんの一瞬でも安らげるようにと身体を揉んで解してあげたり、黎にできることを毎日考えて実践してきた。

そんな黎が今――労ってくれて、好きな所に連れて行ってくれて、ずっと一緒に居てくれる。

これほどの幸せは今まで――なかった。


「ねえ黒縫、‟魂の座”って知ってる?」


『‟魂の座”…話には聞いていますが、そこに辿り着いたという話は聞いたことがないですし…いや、その時にはすでに命を失っているのですから聞くわけがないのか…』


澪が急にそんなことを言い出したのは、黎の実家を訪れて数年が経った時だった。

国中を旅してきれいな光景を一緒に見て、一緒に酒を飲んで、愛し合って――

正直言ってもう、現世に心残りはなかった。


『澪様…何を考えておられるのですか?』


「私ね、もし‟魂の座”に辿り着けたなら…叶えたいことがあるの。知りたい?」


頷いた黒縫の耳を引っ張った澪は、その耳元でこそこそと秘密を話した。

生まれてからずっと澪と共に在った黒縫は、くうんと鼻を鳴らして澪の頬をぺろりと舐めた。


『その時は…私も連れて行って頂けますか?』


「黒縫は心残りとかない?もしあるんだったら多分‟魂の座”には辿り着けないよ?」


『ありません。黎様には言わないのですか?』


澪が口を開きかけた時――黎が牙たちを伴って泊まっていた宿屋の部屋に入ってきたため、澪は黒縫の頭を撫でて笑った。


「この話はまた今度にしようね」


「なんの話だ?」


「黎さんにはまだ内緒ー」


後悔はなかった。

黎と共に穏やかで幸せな数年間を過ごせた思い出を胸に、次の願いを叶えるため――準備を始めよう、と決めた。
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