千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
今までのことは全て書物にしたためた。

だが自身の生涯までも綴るつもりのため、澪が幽玄町に戻ろうと言い出した時、共に旅をしたことを書こうと頭の中で整理をしていた。


「もういいのか?他に行きたい所は?」


「ううん、ないよ。もう十分!黎さんこそ続きを書きたいんじゃない?なら戻ろうよ」


そう言われて幽玄町に戻った黎は、早速蔵に籠もってここ数年の出来事を書き始めた。

澪はその間に――残したいものと要らないものを選り分けて、鼻歌を歌いながら葛籠に詰め込んでいた。


『澪様、楽しそうですね』


「うん、私もう全部やり終えたから。後は私が‟魂の座”まで辿り着けるかってところなんだけど…それってどうやったら見えるんだろ?」


『分かりません…』


魂の座とは妖の間で伝説のように語られているが、どうやったら辿り着けるのか、誰も知らない。

生を諦めたからではなく、生を存分に生きて現世に満足した者にだけ行くことができると言われているため、こうして整理をしていても実際辿り着けるかどうかは謎だ。

だからこそ、黎と息子に文を残さなければならなかった。

いつその日が訪れてもいいように。


「整理できた!黎さんはまだ蔵かな?」


縁側で茶を飲みながら足をぶらぶらしていると、黎が蔵の方角からこちらに向かってくるのが見えた。

…本当にいい男だ。

冷淡に見えるが実際は全然そうでもなく、冗談も言えば獣たちにも好かれる。

こんなにいい男と出会えて子にも恵まれたことを感謝しなければ。


「澪?楽しそうだな」


「ふふっ、それ黒縫にも言われたけど、そう?黎さん書けた?」


「ん。少し冷えてきたな…澪、こっちに来い」


――黎は出会った頃のように朗らかになった。

自分の成果のひとつでもあると自負していた澪は、黎の肩にこつんと頭を乗せて、ちらちら降り始めた雪をふたりでずっと見ていた。

そしてその日は――唐突に訪れた。
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