千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
黎の息子は母の突然の訃報に動揺して、丁重に弔った後も数日間ぼんやりしていた。

そんな息子を部屋に呼び寄せて澪が遺した文と形見の入った葛籠を見せた黎は、文を読んでみるみる涙を浮かべた息子の肩を抱いて静かに諭した。


「悲しみの別れじゃない。澪は望んだ場所に行けたんだ。あいつのことだから転生したら次は人になりたいとか願っただろうな」


「はは…それは…母様らしい…」


「お前がいずれ迎える妻のためにと澪が大切にしていた着物や帯などもある。使ってやってくれるな?」


「はい…」


「あと…俺からも話がある」


――黎は、素直に告げた。

自らもまた‟魂の座”を目指して、いずれ唐突に命の終わりを告げるだろう、と。

息子はただただ首を振って、黎の膝にすがりついた。


「いやだ…俺を置いて逝かないで下さい…!」


「お前はもう十分やってくれている。それに…好いた娘が居ることも知っているんだぞ」


「え…」


「好いた娘と夫婦になれ。その手を取り合って、慈しみ合って、身体の一部となるまで愛してやれ。祝言を挙げるまで待ってやる。だから急げ」


黎の息子が密かに想いを寄せていた娘が居て、その娘もまた息子を好いていることは知っていた。

息子が百鬼夜行を子々孫々まで続けていくと約束してくれたから、不安はない。

だがせめて、息子の祝言までは見届けたくて、手の甲で涙を拭った息子の頭をやや激しく撫でた。


「いいな?」


「はい。明日にでも俺…告白してみます」


「お前のようないい男の想いを受け入れない女など居ない。しっかりやれ」


話を終えた後、黎はまた蔵に籠もってもう随分分厚くなった自書の前に座った。


「神羅…澪…」


誰にも見せられない。

ふたりの死を悼んで涙を零し、目頭を押さえた。
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