千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
「澪…?澪……」


隣で寝ていた澪の呼吸が止まった。

それにすぐ気付いた黎は、恐る恐る澪の心臓の上に耳をあてて完全に呼吸が止まっていることを知って凍り付いた。

どうしてこんなことになったのか、全く分からなかった。

澪は一緒に寝る直前までよく笑い、よく話してどこも具合が悪くなさそうに見えたのに。

…それに妖が唐突にこんな風に命を落とすことなど、まずない。


「なんでだ…どうして……黒縫…?」


枕元に横たわっていた黒縫の呼吸もまた、止まっていた。

黒縫も一緒に死ぬなんて絶対に有り得ない――

黎が澪の身体を抱き起した時――枕の下からかさりと何か音がして、枕をどけると…


「…文……?」


一通の文が枕の下にあり、黎は訳が分からないまま澪を再び横たえさせてその文を開いた。


『黎明さんへ。あなたをひとり置いて逝くことをお許しください。私がもし突然死んでしまったのなら、それは死んだのではありません。‟魂の座”に辿り着いて、次の生を今と同じくらい楽しく生きるための準備に入ったのです。黎明さん、今までありがとう。ここ数年間の黎明さんが、私を慈しんで愛してくれたことに感謝しています。だから黎明さんも、次の生は必ず神羅ちゃんと巡り合って幸せになってね。ありがとう、さようなら』


――‟魂の座”。

澪も全く同じことを考えていたのかと思うと、それまで恐怖に震えていた黎の身体は緊張から解放されて澪をやわらかく抱きしめた。


「お前も次の生を願ったのか…俺たちは似ているな」


幸せにしてやれた。

澪がそう文に書いてくれたことで、澪を幸せにできたことを誇りに思った。

それでも…悲しいものは、悲しい。

ふたりの妻に先立たれた黎は、黎の気が乱れたことで駆けつけた牙と玉藻の前を見上げて微笑んだ。


「澪が逝った。俺の役目は…もう終わった」


準備をしよう。

澪を丁重に弔って、心の整理ができたら――


「お前は全く…幸せそうだな。神羅と俺のことまで気遣ってくれて…」


澪は微笑んでいた。

黎は何度も何度も抱きしめて、頬に触れて髪に触れて――抱きしめ続けた。
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