千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
夜明けが近付いてきた時、ようやく腹の中の子が下の方へと降りて来た。

陣痛の痛みが長時間続いたため、途中神羅は何度も気を失いかけては歯を食いしばり、何が何でも我が子を無事に産み落とさなくてはと懸命に力み続けた。


「神羅…っ、頑張れ!俺がついている!」


先程産婆から、この状態が長時間続けば腹の中で子が死んでしまうかもしれないと言われた黎は、さすがに焦っていた。

この前夢に桂が現れて、またいずれ会えると心浮足立ったのがまるで嘘のようで、神羅の苦痛を自分が代われたらと何度も祈り続けた。

心配した雨竜が何度か様子を見に来たものの焦燥感からか気遣うことができず、また神羅が気を失いかけた時――

白み始めた夜空から、誰かが歌うような声が聞こえた。

それは男と女の歌声で、まるで共鳴しているかのように響き、黎はその歌声の持ち主が誰だか知っていて神羅の手を離して外に飛び出した。


「俺の子を助けてくれ!この先ずっと縁が続くと言うのなら、助けてくれ!」


『ふふ、相変わらず無礼な奴だな。部屋の中に入っていろ』


含み笑いする声が聞こえてまた部屋に戻った黎は、神羅が目を見開いているのを見てすぐさままたその細い手を取った。


「神羅…?」


「黎…黎…、産まれる…!」


「奥様!強く力んで下さいませ!」


神羅の腹がぼこぼこと動いているのが黎にも見て取れた。

今までは早産で、死産の可能性もあった。

だが彼らの歌声が聞こえた――だから、もう大丈夫だと思った。


「神羅…!」


「う、ぅ…っ!」


神羅の爪が手に食い込んで血が流れたが、黎は構わず同じように力んで産婆を見据え続けた。


「…んぎゃぁ、んぎゃあっ!」


「神羅…!産まれたぞ…!」


「ああ…私の、赤ちゃん…!」


産婆が臍の尾を斬って軽く手拭いで身体を拭いてやった後、神羅の腕に抱かせた。

産まれたばかりの我が子の顔を覗き込んだふたりは――絶句した。
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