千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

桂の一生

赤子に再び‟桂”と名付けた。

黎が当主になってからすぐに子に恵まれたこともあってか、次代の当主の誕生に百鬼たちの士気も上がり、父たちも孫の顔を見て鼻の下を伸ばしっぱなしだった。

桂はよく泣き、よく笑い、すくすくと育った。

だが――


「黎…この子、まだ話さないのよ。どうしたんでしょうか…」


「個人差があるとは言うが、鬼族は本来成長が速い。…何かの疾患だろうか」


四方八方手を尽くして調べてもらったが、桂は至って健康で、話さないという点以外おかしなところはない。

ただ笑い声は上げるし、こちらの話も理解しているし、童から少年になっても話す様子はない。

ただ時折瞬きもせず黎や神羅を凝視している時があり、どうしたんだと優しく問いかけてもふるふる首を振るばかり。

いずれは必ず当主の座に就いてもらわなければならず、黎は桂に木刀を持たせて鍛錬をさせた。


「桂…お前何か言いたいことがあるんじゃないか?」


「…」


木刀を打ち合わせて顔を近付けると、桂はまたじいっと黎を見て首を振った。

…やはり話は理解しているし、太刀筋も悪くはない。

成長が遅れているだけだとあまり心配することはやめようと決めた黎は、それからというものの桂を甘やかすことなく鍛錬に勤しんだ。

だが神羅は心配で仕方がなくて桂に付きっ切りの時もあったが、桂はそんな神羅よりも黎と居ることを好み、黎は字を教えてよく筆談をした。

だが話さないことについては一切言及しなかった。

この子は特別な子だからと桂が自発的に話すまで、待ち続けた。
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