君に心を奪われて

涙のストーリー



花菜side



「ご臨終です」


一人の医者が吐いた言葉に私はその場に座り込んだ。すると、お腹に破裂するぐらいの痛みが押し寄せてきた。


「翼……」


「花菜さん!」


私は看護師に車椅子に乗せられ、分娩室に行かされた。何で、このタイミングで……。


陣痛が押し寄せて涙が溢れる。ただ痛みの涙じゃない。大好きな翼を失った涙でもある。


翼、何で手を握ってくれないの?どうして、目の前で笑ってくれないの?


本当に君は逝ってしまったんだね……。


「いきんでください」


看護師にそう言われたっていきむなんて知らないよ。取り敢えず、全身に力を入れた。


「ああぁぁぁああ!」


私は大きな雄叫びを上げる。声を上げても君には届かない。


「翼ぁぁぁああ!」


その名前を呼んでも君は来ない。君は笑ってくれないのだろう。だって君は……。


「ああぁぁぁああ!翼ぁぁぁああ!」


翼のお父さんが私の手を握って泣いている。お父さんだって、息子がいなくなって苦しいはずなのに。


「何で……翼ぁぁぁああ!」


涙が大量に流れる。それほど君を思っていたのに、突然の喪失感が押し寄せて怖くなった。


何で、大好きな君が死んじゃうの?もっと生きてよ。子供と三人で笑い合おうよ!何で一人で逝くの!


「ああ……ああぁぁぁああ!」


「頭が出ました……!」


看護師の人達も涙を流している。私の親も翼の親も、祥也も……。


「翼ぁぁぁああ!ああぁぁぁああ!」


愛してる。ずっと愛してる。大好きだよ、君が大好きだよ。君の代わりに子供を頑張って育てるからね。


気付けば、大きく響く産声が聞こえた。看護師が赤ちゃんを抱いている。


「元気な女の子です」


そう言って、私の隣に赤ちゃんを置いた。


「翼に……抱かせたかった……」


分娩室に翼の死体が乗せられたストレッチャーが来た。


「翼……」


私は魂が抜けた翼の隣に赤ちゃんを置いた。そして、私は言った。


「つばさ……。定められた運命にも囚われず羽ばたくように自由に生きてほしい」


私の言葉にお母さんが首を傾げた。


「この子の名前だよ。使ってもいいですか」


私が聞くと、翼の両親は涙を流しながら頷いた。


「つばさ、本当のお父さんは死んじゃったけど頑張って生きていこうね……」


二月十日、大切な命を失って新しい命が生まれた。私は新しい命を抱き締めた。





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