しあわせ食堂の異世界ご飯2
 リントが目を覚ますと、太陽はすでに真上に上っていた。
 寝すぎたと思い慌てて体を起こすと、王城にある自分の部屋ではない。一瞬混乱するが、すぐに幸せ食堂のアリアの部屋だということを思い出す。
 少し小さなベッドからはお日様のいい匂いがして、決して広くない部屋だけれど、逆にそれが心地いい。

 リントは起き上がって、用意されているシャツに気づく。
 白色のシャツと、黒のズボン。自分のものではないけれど、昨日着ていた服は汚れてしまっているだろう。
「アリアが用意してくれたのか?」
 ひとまず袖を通し着替えて、どうしたものか考える。
「部屋の外に出ても大丈夫……か?」
 懸念していることは、リントの存在をしあわせ食堂のエマとカミルが知っているかどうかということだ。
 もし伝えられていなければ、勝手に女性の部屋に泊まった男になってしまう。
 結婚前のアリアに、変な噂が立ってしまうのはリントの本意ではない。
「でも、今はお昼時の時間だ」
 しあわせ食堂の忙しい時間帯なので、アリアが部屋に戻ってくるとは考えにくい。そう思っていると、ドアがノックされたのでリントは「どうぞ」と返事をする。
「よかった、起きてたんですね。おはようございます、リントさん。具合はどうですか?」
「……おはよう。睡眠をとったおかげだろう、かなりいいみたいだ」
「それはよかったです」
 アリアはほっとして、一応熱などはないかリントの額に手をあてる。
「ん、大丈夫そうですね。昼食を食べた方がいいと思うんですけど、食欲はありますか? 何かリクエストがあれば、作ってきますよ」
 好きなものを言ってくださいと、アリアは微笑む。
「あ、でも……じゃこはないのでリントさんの好きなおにぎりは無理です。今度、エストレーラから持ってきてもらいますね」
 リントはアリアと初めて会ったときに食べた、じゃこと梅のおにぎりが大好きだ。
 しかし残念ながら、じゃこを作るための稚魚はエストレーラでなければ手に入らない。
「そうだな……おにぎりが無理なら、ハンバーグ」
「ハンバーグ、ですか? 寝起きだと、少しきつくないですか? もっとさっぱりしたものも作れますけど……たとえば、野菜スープとか」
「いや、またアリアのハンバーグが食べたい」
 まだ体調が万全ではないので気遣ってほかのメニューも提案してみるが、リントはハンバーグがいいともう一度告げた。
(食べたいものを食べてもらうのが一番、かな?)
「わかりました。じゃあ、ハンバーグを持ってきますね。もう少し休んで待っててください」
「ああ、ありがとう」
 リントはアリアが立ち去ったのを見送ってから、ベッドへ腰を下ろして息をつく。
「……まったく、恥ずかしい姿を見せてしまったな」
 こんなはずではなかったと後悔ばかりが募るが、もう遅い。今できることは、素直にハンバーグが運ばれてくるのを待つことだけだ。

 それからしばらくして、再び部屋のドアがノックされた。
 アリアが料理を持ってきたのだろと思い、リントは先ほどと同じように「どうぞ」と返事をする。
 入って来たのはもちろん、ハンバーグを持ってきたアリアだ。
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