しあわせ食堂の異世界ご飯2
 お鍋を運びながら、教えられた廊下を進んでいく。
 目的の部屋が近づくにつれて、不安だった気持ちとは裏腹に頬が緩んでいくのが自分でもわかる。
 アリアの視界にふたりの兵士が映り込み、そこにリベルトがいるとすぐにわかった。兵士はアリアに気づいて、深く頭を下げた。
「ローレンツ様よりお話は伺っております。中へどうぞ」
「あっ、ありがとうございます!」
 騎士はノックもせずに部屋の扉を開け、アリアが中に入るのを確認すると静かに閉じてしまった。
 こんな簡単に会うことができてしまっていいのだろうか……。
(今までの謁見申し込みの苦労はなんだったの?)
 そう考えて、苦笑がもれる。
 落ち着いた暖色系統でまとまった部屋の中を捜すと、ソファに座りながら書類に目を通す人物がひとり。
 アリアが料理を作った相手、リベルトだ。
 リベルトは視線を書類から逸らすことなく告げる。
「ローレンツ、追加の書類を持ってきてくれ」
「…………」
(ごめんなさい、ローレンツさんではないです)
 勘違いされるのも、仕方がない。
 ノックも何もせずに、皇帝のプライベートルームに入れる人物なんて限られている。側近のローレンツと間違われるのも、当たり前だ。
 ……でも。
 全く気付いてもらえないのも少し面白くない。
 アリアは返事をしないままリベルトのソファまで歩いていき、テーブルの上に柚子鍋とおにぎりを置いた。
「え……?」
 その瞬間、ふわりと香る優しい柚子の匂いがリベルトの鼻へ届く。
「ローレンツ様じゃなくて、すみません」
「アリア……」
 ぷくっと頬を膨らませているアリアはもう、開き直ってしまおうと思った。
 うじうじ考えていても仕方がないし、何よりリベルトがこんなにも必死で頑張ってくれていたのだ。
 すべての厄介ごとが終わればアリアを迎えに行けるから……と。
 リベルトだけがこんなに必死に頑張っていて、自分はしあわせ食堂で大好きな料理をしていたのだ。
「本日の夕食は、しあわせ食堂の料理人である私が作らせていただきました」
「あ、ああ……」
「柚子鍋と、おにぎりです」
 淡々と告げるアリアに、リベルトはただ頷いている。
 寝不足や疲れから、思考がうまく働いていないのだろう。そんな様子を見て、アリアは「馬鹿ですね」と苦笑する。
「それじゃあ逆に、仕事の効率が落ちちゃいますよ」
「だが……」
「言い訳は禁止です! 今は、シェフである私に従ってもらいますから!」
 アリアは柚子鍋の蓋を開けて、お椀にリベルトの分をよそっていく。スプーンと一緒に渡して、さあ食べてくださいと無言の圧力をかける。
「わ、わかった。食べる……」
 鶏肉と柚子をスプーンですくい、リベルトはそっと口をつけた。
 最初に一番奥まで入って来たのは、透き通るスープだ。
 あっさりした味かと思っていたリベルトは、その存在感の強さに思わず目を見開く。
 強烈な柚子の風味に喉を鳴らし、次に柚子の風味がしみ込んだぷりっとした鶏肉。
 肉厚で噛み応えがあるのに、しっかり煮込んでいるため柔らかい。じゅわっと溢れる鶏肉のうま味と、さっぱりした柚子が合わさっていくらでも食べることができる。
 飲み込むと、柚子鍋の温かさが冷え切っていたリベルトの体を足の指先まで温めていく。
「はぁ、美味いな……」
「はい」
 アリアもリントの隣に腰かけて、一緒に鍋を食べ始めた。
「お鍋は、家族や友人……。大切な人と一緒に食べると、体だけではなくて心もぽかぽかにあったまるんですよ」
「……そうだな。アリアが横にいると、心が休まる」
「!」
 リベルトが嬉しそうに、ふわりと笑う。
 少し目尻が下がっていて、いつもの優しい笑顔とは少し違う。心の底から安堵したような笑みに、アリアは息を呑む。
 だってまさか、こんな不意打ちにとびきりの笑顔をするなんて。
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