水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(いや、いやいや……。それは違う。だって、碧さんがずっと前から好きな人、でしょ?)

 波音は首を横に振って否定した。波音は碧に出会ってまだ十日ほどだ。たったそれだけで、碧が波音を好きになる確率は、とても低いに違いない。

 だが一方で、確かに碧は波音を独占したがる素振りを見せ、なんだかんだで、既に三回もキスを交わしている。

(どういうつもりで、私にキスしているんだろう?)

 きっと遊び半分だ。想い人に手が届かない鬱憤《うっぷん》を、波音で解消しているだけかもしれない。波音は自惚《うぬぼ》れを捨てた。

「私ではないと思います。碧さんの好きな人って、どんな方なんでしょうね?」
「……うーん。どこで出会ったのかもさっぱりなのよ。私、思ったんだけど。波音が覚えていないだけで、昔、どこかで碧と出会ってるんじゃないの?」
「それだったら、碧さんはこの国に来る前の記憶があるってことになりますよ?」
「それもそうね……。でも、碧があんなに波音に執着してるのって、何か理由があると思うんだけど」

 渚の推理は、ああでもない、こうでもない、と続いている。波音は彼の言葉に、一瞬ひやりとした。

 詳しい事情を知らない渚ですら、波音と碧が過去に出会っている説を持ち出すほどに、二人の間に何らかの繋がりが見えているということだ。
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