水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「……分かった。皇室に戻る。だから、『睡蓮』の――曲芸団の解体はさせないでくれ」
「碧さん!?」
「団長! 何を言っているんですか!?」

 波音と滉の二人で、同時に碧の腕を揺さぶったが、碧は撤回しない。碧のいない曲芸団など、想像もできない。そんなのは、曲芸団でもない。

「波音も……元はこの国の人間じゃない。お前が娶るのは、ちょっと考え直してくれないか」
「素直に言ったらどうですか。『自分が娶るつもりだったから、やめてほしい』と」
「……もう、俺にそんな資格はない」

 波音は今にも泣いてしまいそうだった。今日、それも数時間前にプロポーズしてくれたのは、幻だったのか。

 碧の気持ちは分からないでもないが、なぜここで「どっちも譲れない」と言ってくれないのか。悔しさのあまり、波音は碧の背中をこぶしで何度も殴った。

「馬鹿っ! 碧さんの意気地無し!」
「……何とでも言え」
「碧さんのいない曲芸団なんて、考えられませんから! 私が砂紋さんのところに嫁げば、碧さんはここに残れるんですよね? じゃあ、そうします!」
「……はっ? お前、馬鹿か! 『水の踊り子』は、どうするんだ?」
「辞めます! それくらいの覚悟でいます!」
「そんな簡単に辞めるとか言うな! 俺がどれだけの心血を注いでこの曲芸団を創ったと思ってるんだ!?」
「碧さんだって、その曲芸団を辞めるって言ったじゃないですか!」
「ちょ、ちょっと、二人とも落ち着いて!」

 互いに一歩も譲らず、息を切らしながら言い合った。あの滉ですら、止めに入る緊急事態だ。どうしたら、この窮地を乗り切れるのか。波音は、ぼろぼろと涙を零した。
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